テレビドラマ「北の国から」などで知られる富良野市在住の脚本家倉本聰さんが死去しまた。
 

 東大文学部在学中からラジオドラマの脚本を書き始め、1959年にニッポン放送入社後も倉本聰のペンネームで日本テレビ「パパ起きてちょうだい」の脚本などを手がけました。1963年にニッポン放送を退社してフリーとなり、「赤ひげ」(NHK)、「前略おふくろ様」(日本テレビ)「優しい時間」(フジテレビ)「風のガーデン」(フジテレビ)などのヒット作を生み出しました。2003年に向田邦子賞受賞。 ニコニコ    
 

■1974年に北海道移住 1984年「富良野塾」創設
 1974年に大河ドラマ「勝海舟」の制作を巡ってNHKとトラブルとなり、北海道に移住。大滝秀治さん主演の「うちのホンカン」(HBC)、小樽を舞台にした「幻の町」(同)などを手がけました。1977年に富良野に居を構え、1981年富良野を舞台にした連続テレビドラマ「北の国から」(フジテレビ系)がヒットしました。1981年の映画「駅 STATION」で日本アカデミー賞最優秀脚本賞。その後も北海道内を舞台にした作品を手がけ、1986年の映画「時計 Adieu l'Hiver」では監督もしました。ニコニコ
 

 1984年に役者と脚本家を育てる私塾「富良野塾」を創設、塾生たちと「ニングル」「今日、悲別で」などの演劇を制作し、国内外で公演しました。

 私は、北海道公演のたびに鑑賞したことを懐かしく思います 。釧路の公演では終演後に会場の出口付近で立っていた倉本さんと簡単な会話をし、握手をしていただきました。(当時、私は旭川のアマチュア劇団に所属して活動してました)飛び出すハートキューン

 

 2010年の閉塾以降は、卒塾生と「富良野GROUP」を立ち上げ公演を続けました。
 

 2017年に昼の連続テレビドラマ「やすらぎの郷」(テレビ朝日系)を手がけ、現代の高齢化社会やテレビ界への批判を描いて話題を集めました。音譜
 2024年には原作・脚本を手がけ、小樽を舞台にした映画「海の沈黙」が公開。本木雅弘さんと小泉今日子さんが出演し、2025年にオランダ・ロッテルダムで開催された第54回ロッテルダム国際映画祭に出品されました。
 

*2006年から環境教育や植樹に取り組むNPO法人富良野自然塾塾長を務めた。「北の国から」などで2000年に紫綬褒章受章、2010年に旭日小綬章受章。
        「北の国から」(1981年以降製作のドラマ)初公開日:1981年10月09日
  原作;倉本聰 脚本;倉本聰 主題歌/挿入歌さだまさし
  出演者;田中邦衛、吉岡秀隆、中嶋朋子、いしだあゆみ、竹下景子
      岩城滉一、地井武男

☆「北の国から」のことで、当時、私が日記等でメモしたことを、日記の日付に沿って羅列的にあげると・・  (メモなので脈略はなく、ドラマ放映の時系列的には順不同ですが)ニコニコ
・五郎(田中邦衛)は不器用、純(吉岡秀隆)は背伸びしてる感じ、ナレーションの純がよい、蛍(中嶋朋子)は本当に可愛いくて愛おしい。。純と五郎が敬語で話してるのはなぜ?色んな感情が表現されている。北海道の美しくも厳しい大自然。でもこの環境でいきなり暮らすのは現実には簡単ではない。、北国の貧しさや厳しさ暗さの中でささやかに生きる家族の愛の物語。キタキツネやエゾリスがかわいい。
・ドラマの完成度がすごい。このドラマの主要人物に単なるいい人は基本的に出こない。

・ロケ地・富良野を巡った。ドラマのシーンの存在感が増した!
・「人間」だんだん謙虚になる。涙あり笑いあり、一話一話が重い。
・北海道は冬は過酷な環境の場所。そこで生きる人たちは例外なく悩みや問題を抱えている
・生きるうえで多くのことを学んだドラマ
・風変わりな父と子供二人の生活。圧倒的に重厚な人間ドラマで魂を揺さぶられた。
・色々な人間模様に惹かれた。五郎が薪を割っているシーン。黙って、ただ割っているのだがその背中を見ているだけで、何かが胸のあたりに積もってくる。
・大友柳太朗と愛馬のエピソードは素晴しい。岩城滉一のボクシングシーンは感じるものある

・「北の国から」という作品(連続ドラマ・全24話)が長く愛され続ける理由がわかるような気がした。
・前半の連続ドラマの後の「'83冬」「'84夏」「'87初恋」「'89帰郷」「'92巣立ち」「'95秘密」「 '98時代」「2002遺言」を時間をかけて録画で観た。ドラマの登場人物の年齢と俳優自身の年齢とが相応し違和感がなかった。
・何年かに1度見返し、見返す度に感動する。不定期に続編が放送される度に必ず観ていた。この作品は邦画系のドラマでは最高傑作の一つだと思う。脚本、配役、演技、撮影、どれも本当に質が高い。
・「北の国から」関連の資料館が無くなったのは寂しい