茨城県桜川市の坂本観音・山の上・観音様が鎮座して・益子焼を買って帰る | 西村治彦の日記

西村治彦の日記

日々の出来事を書いています。

 この日は、茨城県桜川市にある「坂本観音」に出掛けました。同行は銀子さんです。本尊である如意輪観世音菩薩は茨城県指定有形文化財になっています。

 「いや~!」凄い山の上にありました。境内から覗くと、下は奈落の底でした。観音堂の建立について、明治維新の「神仏分離令」による「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」によって「観音堂」が破却解体され、本尊仏の「如意輪観音像」は、西小塙の「月山寺」に移守護されることになりました。しかし、寺内にしばしば怪異 (あやしいこと)が起こるため、 明治20年堂内に残った「仁王門内」に「如意輪観音像」を移動して、安置されることになりました。そして、解体時の残存用材を基に「観音堂」を復元再興し 大正二年入仏式を行いました。

 「凄いですね!罰が当たったのですね!」「仏さまを、ぞんざいに扱ってはいけません!」明治初年に行われた「廃仏毀釈」は、「寺」を壊して、「神社のみを残せ!」と言う政府の運動です。この時「多くの寺の仏像」を壊しました。僧侶がそっと、寺の仏さまを運んで隠して、多くが難を逃れました。歴史は、時に 愚かなことを行います。

 時々、「神社」に「鐘楼」がある場合がありますが、これは「神社と寺」が一体化した「神仏混合」の表れです。やがて、元に戻そうとする運動に代わりました。歴史は 時の権力者によって、変えられます。ここ「坂本観音」の「観音様」も他に移されました。そしたら、ばちが当たって、おかしなことが頻繁に起こったのだそうです。「神様」が見ていましたね!「観音様」を元に戻して、「良かった!良かった!」と皆で喜んだのでした。「権力者」が変われば、元に戻るのです。明治になって、「まだ近代日本」に慣れていない「政治家」が犯した罪でした。

 私と銀子さんは、「坂本観音」で、ひとしきり過ごし、下に降りることにしました。

 この先には、「益子焼」の「窯元(かまもと)」がたくさんあります。大きな「窯(かま)」を持っていて、陶器を焼いています。「益子焼の町並み」に行ってみましょう。

 この店に入りました。銀子さんは 買い物となると、元気いっぱいです。

 熱心ですね。長い間、気に入った「陶器」を探しています。

 私と銀子さんは、気に入った陶器を、いくつか買って家に帰ったのでした。本場なので、欲しい陶器がたくさんありました。

 

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