満光院歓喜寺・萩作神社・市原市の寺と神社・人が来ない・何で? | 西村治彦の日記

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 この日は、千葉県市原市荻作にある「満光院歓喜寺」と言う「真言宗の寺院」に出掛けました。同行は  レインボーちゃんです。「いや~!」誰もいませんでした。寺の住職すらいませんでした。「満光院歓喜寺」は平安時代に創設された寺院です。当時の言葉は、現在と異なっていて、「満光院歓喜寺」と言っても、誰も何とも思いませんでした。「満光」と言う発音は いつ頃から始まったのでしょうか? 女房に「あなた、今日はどこに行ったの?」と質問されて、「満光院に行きました。歓喜寺に行きました」、と返事して、また殴られそうです。「満光院歓喜寺」は損をしていますね。

 この日、私と同行したレインボーちゃんは、嬉しそうでした。

本能的な話が大好きです。明るくなります。笑います。

私も久々に、楽しかったです。

 「満光院歓喜寺」で、撮影して、下を見ると、下には「神社」がありました。

 行ってみます。「荻作(おぎさく)神社」と書かれています。随分 明るい「赤」を使った、珍しい神社です。「荻作(おぎさく)神社」も、江戸時代には ここにあった神社です。境内の狛犬や手水舎(ちょうずしゃ)に、江戸時代の刻印があります。派手な赤い神社は、江戸時代以前からの由緒ある寺院なのです。「荻作(おぎさく)神社」は、境内が先ほど行った「満光院歓喜寺」と境内が通じています。「荻作(おぎさく)神社」の管理は、「満光院歓喜寺」が行っていますね。「満光院歓喜寺」の住職は、ある時は、葬儀でお経をあげ、七五三では、「神社の神主」になります。寺と神社の兼務をする寺を「神宮寺」と言います。このような田舎では、双方あっても、収入は少ないでしょうね。仕事のない時は、他で身分を隠して、アルバイトに精を出します。田舎の人口の少ない町や村での「寺」や「神社」の経営は大変ですね。「満光院歓喜寺」と言う名の寺を見て、人々は 「寄ってくるでしょうか?」それとも 「他に行ってしまうでしょうか?」 田舎の珍しい名称の寺と神社の印象でした。

 帰りは 近くの「山倉ダム」に寄りました。「市原こどもの国」が「山倉ダム」の中の島の中にあります。私は時々、「市原こどもの国」に行きます。今は寒くて、行きません。私とレインボーちゃんは、「山倉ダム」で記念撮影をして、千葉市へと帰ります。

 

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