おこんにちは



拾われた男について

とても詳しく書かれています。



『拾われた男』は最高の“敗者”たちの物語 愛とエネルギーに溢れた脚本・演出・役者たち



 ドラマの“紅白歌合戦”かと思った。





しょっぱなから有村架純や柄本明が本人役で出てくるわ、風間杜夫は太巻き食べてゲホゲホむせるわ、薬師丸ひろ子は事務所の社長役で登場するわでとんでもないことになっている。俳優・松尾諭の自伝的エッセイをドラマ化した『拾われた男』(NHK BSプレミアム/ディズニープラス)のことである。

 兵庫で生まれ育った松戸諭(仲野太賀)はたまたま観た舞台に憧れ、同級生・杉田(大東駿介)を頼って上京。杉田やその彼女・ヨシコ(岸井ゆきの)らと同居し、劇団のオーディションを受けるがあえなく不合格。そんな中、たまたま航空券を拾い、「良かったらオーディションの結果を教えて」と言われていたモデル事務所社長・山村(薬師丸ひろ子)のことを思い出し、面接後“癒し系女優”が看板の事務所に所属することに。諭は渋谷のレンタルビデオ店で濃すぎる仲間とバイトしながら俳優になる夢を追う。


と書くと、なにやらバイプレイヤーとして確固たる地位を築いた俳優の青春サクセスストーリーと思われるかもしれないが、本作はそう簡単にカテゴライズできない。なんせ毎回、画面からとんでもないカウンターパンチが繰り出されるのだ。

 第3話で事務所の看板俳優・井川遥(本人役)の運転手兼ボディガードとなった諭は、さまざまな現場に帯同し、自らも小さい役ながら俳優としての仕事を得るようになる。通常ならば諭の失敗とそれを乗り越える過程が展開するわけだが、脚本の足立紳はそんな予想を裏切るように7歩先の世界を描く。この回では俳優や演技について、4人のキャラクターにフォーカスがあてられた。

 2002年、当時“癒し系”として世を席巻していた井川遥。街は彼女の看板で溢れ、スケジュールは分刻み。が、井川自身は映像の現場に行っても役を深めることより“癒し系”の立ち位置を求められることに疑問を感じている。怒っている場面のはずなのに、監督からは小首をかしげるように言われ、やんわり抗議しても取り合ってもらえない。そんな彼女が憧れるのは“白熱系”の女子プロレスラーたちだ。


諭はそうした井川の葛藤にまったく気付かず、運転手や付き人として現場で差し入れを配り、移動の車中で彼女が好きな音楽をかけお菓子を食べる。受刑者その1的な役をもらった撮影では、同郷の中堅俳優と仲良くなって他の俳優が担うはずだった殴られ役を貰ってしまい、顔のアップをしっかり抜かれる。ずっと準備をしてきたにもかかわらず、諭に役を取られた若手俳優(岩男海史)は撮影終了後に悔しさを噛みしめ、吐き出すように言う。「芝居、全然だめだから。あんな表情、通用しないから」。

 井川や諭が所属するモデルエージェンシーでは、社長の意向でロンドン帰りの講師・平山(北村有起哉)による演技の授業が行われていた。シェイクスピアを題材にした『荒武者ピラス』のせりふを肉体訓練とともに語るのだが、モデルや俳優の卵たちにはまったく意味が分からない。やっと演技について悩むようになった諭に対し、平山はストレッチをしながら自問するように語る。「意味があるのか知らねえよ、ロンドンでさんざんやらされてただけだ。でもなあ、俺の支えにはなってる」。

 売れていてもそのイメージにからめとられ、“白熱系”になれない井川。運でここまできて、やっと芝居と向き合うようになった諭。実力とは違うところで役を取られた若手俳優。そして輝くかどうかわからないバトンを若い俳優志望者たちに手渡そうとする平山。それぞれの視点で俳優や演技についてのストーリーがうねり、人間関係が動いていく。終盤、狭いアパートでプロレス大会が始まり、有名レスラーの入場曲が流れる中、諭と井川が『荒武者ピラス』のヘンテコなせりふを叫ぶさまは、カオスであり明日への希望だった。

 『拾われた男』最大の魅力は、通常のドラマの4倍濃い脚本と、たとえば衣裳スタッフやカフェ店員、オーディションを受けに来た青年など、一瞬しか映らないキャラクターでも鮮やかに存在させる演出だ。

諭1人に明かりを当てるために、主軸以外の登場人物たちを道具にするようなことはせず、まるでバタフライエフェクトのように誰かのひとことで他の誰かが影響を受けて物語が展開するさまは痛快。さらに、クリエイターたちの真剣かつ遊び心溢れた仕事に乗っかる俳優たちの贅沢な演技は輝いて見える。キャストは全員素晴らしいのだが、特に個性をむき出しにして画面の中で暴れまくる女性俳優陣には拍手を贈りたい。もちろん、実在かつ近い位置にいる俳優役を担う仲野太賀の自然な芝居からも目が離せない。松尾と仲野、元のビジュアルがさほど似ているとは思えないのだが、ドラマ中、10回くらいは仲野が普通に松尾に見える(多分、老眼は関係ない)。

 いまひとつ元気がなかった春ドラマを蹴散らすように、夏スタートのドラマは勢いのある作品が多い。その中でも録画や配信を4回見返して、そのたびに新鮮に笑ったり泣いたりできるのは現状、この作品だけである。さらにこの後、結(伊藤沙莉)は諭と深い縁で結ばれるようだし、いきなりアメリカに消えた兄・武志(草なぎ剛)関係でも一波乱ありそうだ。

 というか、これだけ愛とエネルギーに溢れ、技術力に長けたこのチームで朝ドラやってくれないかな……と遠い目になったところ、足立紳氏は2023年後期のNHK朝ドラ『ブギウギ』でも脚本を担うとのこと。そして本作の監督・井上剛氏は『あまちゃん』や『いだてん〜東京オリムピック噺〜』(ともにNHK総合)のチーフ演出だった。ヤバい、そりゃおもしろいはずだよ、小ネタで『Wの悲劇』も出てくるよ。

 なにはともあれ、負けた人間、去った人間を魅力的に描くドラマは最高だ。この世は勝者のみで出来てはいないのだから。

■配信・放送情報
『拾われた男』
ディズニープラスにて配信中
NHK BS プレミアムにて、毎週日曜22:00〜放送
出演:仲野太賀、伊藤沙莉、鈴木杏、伊勢志摩、北村有起哉、要潤、安藤玉恵、前田旺志郎、北香那、松本穂香、岸井ゆきの、片山友希、大東駿介、塚本晋也、六角精児、夏帆、松尾諭、柄本明、ベンガル、綾田俊樹、末成映薫、井川遥、風間杜夫、石野真子、薬師丸ひろ子、草なぎ剛
原作:松尾諭著『拾われた男』(文藝春秋刊)
監督:井上剛
脚本:足立紳
音楽監督・音楽:岩崎太整
制作・著作:ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社/株式会社NHKエンタープライズ
(c)2022 Disney & NHK Enterprises, Inc.
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