ヘタレ車掌の戯言 -9ページ目

ヘタレ車掌の戯言

毎日惰性だけで生きているヘタレ車掌の日常です。

ご無沙汰しております。最近、記事を書くのがめんどくさくなって(笑)、更新が滞り気味です。
周りで何事もないわけではないのですが、記事にする気力が・・・
 
あっ、先日の台風台風の影響による送電設備トラブルでは・・・とある駅で10数時間軟禁(架線、信号、通信、電灯、駅務機器すべての電源がダウンして身動き取れず)されました。原因は報道されていることかと思われ、乗務中もパンタグラフが電球みたいな色のスパークを発生(通常見かけるスパークは青白い色)させていたり、台風通過後の日に担当した電車の窓が海側だけキラキラしていたり(塩の付着らしいです)、ここ何日かもステンレスの車体が錆びたような汚れが目立っていました。車両基地の係員曰く、屋根も塩の付着がすごくて総出で屋根上機器を洗ったりしていたそうです(電路関係職場でも係員が架線柱によじ登って碍子や電線を洗う作業をしていたようです)。今回の騒動は会社にとっても経験したことのなかった事態のようで、いろいろ反省点や学ぶことが多かったように思います。
 
さて、前回記事のトミックス新製品の国鉄マーク(JNR)国鉄103系1000番台ですが、地元の電車で実際に中学生のころまでお世話になっていた電車なので、いろいろ手を入れたいところでして、某模型店の工作スペースにて色差しなんぞをしていました。
 

時代考証的にあり得ない小田急?小田急電鉄小田急4000系4000形(現行)との並びは模型ならではですね。ちなみに国鉄マーク(JNR)国鉄103系1000番台は営団地下鉄メトロ千代田千代田線直通車だった頃に代々木上原駅で小田急?小田急電鉄の電車たちと並ぶ場面がありましたが、当時の小田急?小田急電鉄の車両は全車普通鋼製で、ステンレス製の車両(小田急1000形1000形以降)と並ぶことはありませんでした。

 
今回塗装したのは連結面の貫通扉、パンタグラフ、床と座席です。
 
モハ103形のパンタグラフ側連結面
貫通扉は製品では車体色の灰色ですが、幌枠の内側を残してマスキングして車内色の淡緑色に吹付塗装(エアブラシ)。
貫通幌パーツが付くので、多少塗り分けが乱れても幌枠の外側にはみ出なければ問題ありません。まだインレタを購入していないので未着手ですが、連結面の表記をきちんと入れたいですね。1000番台は地下鉄直通車として一般型の103系(エメラルドグリーン)103系より難燃化対策や延焼対策が強化されていて、貫通扉の窓は地上型同様のHゴム支持ではなく、Hゴムに代えて金属製の枠によるねじ止めでしたので、製品状態のHゴムは淡緑色に塗り替え(面相筆で色差し)。実はこの作業が四捨五入すると50になる年齢のおっさんとしてはなかなかハードでして、眼鏡を外しての作業でした。ちなみに、営団地下鉄千代田線直通から撤退後に施工された特別保全工事では内装の化粧板を張り替えていたことから貫通扉もクリーム色に塗装、民営化後に施工された車両更新工事ではステンレス製無塗装の扉に交換されていました。
 
この写真ではわかりにくいですが、車内は床板のみ床面をねずみ色に吹付塗装し、座席は小田急?小田急電鉄の青帯の青色(クロスポイント製品のロイヤルブルーを筆塗り)。動力ユニットのある車両は座席の表現がないので、マスキングテープでマスキングして筆塗り。
 
 
パンタグラフは金属と軟質プラの構成なので、ミッチャクロンで下地処理してからねずみ色を吹付塗装
パンタグラフ周囲の配管やパンタグラフの碍子、摺板は店長氏に手伝っていただきました。昔は自分でも訳なくできたんですが、やはり年齢的に…あっ、ド近眼だからなのかまだ老眼鏡のお世話にはなっていませんよ(笑)。
 
じつはまだこの子たち、車号が入っていない名無しさんです(笑)。製品付属のインレタは文字が大きめなので、トレジャータウン製品のインレタ使用予定です。103系1000番台は10両編成16編成の陣容だったので、クハ103形は1032まで、モハ103形ともは102形は1064まで存在しました。営団地下鉄千代田線直通から撤退後、番号若い方は常磐線快速に転用、番号の大きい方は105系500番台に改造されて奈良・和歌山地区と広島地区に転用されています。今後、品薄で買えなかった冷房改造車や今後製品化の考えられる快速転用後の非冷房車(塗装のみ青緑色に変更)などとの重複を避けたいので、105系に改造された車両の番号にしようかと考えています。
 
 

昨日は公休出勤の後、流山の貸しレイアウト“日本ぴょんた鉄道”に行ってきて、ワタクシが小学生だったの頃の国鉄マーク(JNR)国鉄常磐線を走っていた車両たちを走らせてきました。

常磐線は、取手駅より北側が交流電化であることや1962年に発生した三河島事故を契機とした独自の列車無線(いわゆる常磐無線)を採用していたこと、1971年以降の複々線化で緩行線(各駅停車)が営団地下鉄(現・東京メトロ東京メトロ)メトロ千代田千代田線との相互直通運転によって車内信号式ATCを採用していたことなど、国鉄マーク(JNR)国鉄の路線としては独自の要素が多く、当然地域限定的な車両が多いため、量産前提の鉄道模型製品としてはどこかが“タイプ”であったりしてズバリな製品にはあまり恵まれせんでした。が、ここ10数年くらいで少数派の車両の製品化を得意とするマイクロエースの出現によって製品化されるようになりました。ただ、このメーカーはどういうわけか「なんか違う」と突っ込みを入れたくなる製品が多く、やはりもっと一般的なメーカーであるKATOやTOMIXでの製品化を期待したくなるものです(笑)。が、最新ネタを除けば国鉄形の製品化はほぼやりつくした感のある両者が次に着目するのは地域限定的なネタだったりするわけで、KATOから寝台特急“ゆうづる号関連商品として常磐線や総武線などでしか見られなかった国鉄EF80形が製品化された際は驚いたものです。その後もいきなり始まった“地下鉄シリーズ”で常磐線に直通してくる東京メトロ東京メトロメトロ千代田千代田線東京メトロ16000系 4次車16000系営団地下鉄メトロ千代田千代田線営団6000系6000系が製品化されたり、TOMIXでもHG(ハイグレード)仕様の国鉄マーク(JNR)国鉄103系(エメラルドグリーン)103系の一発目は国鉄マーク(JNR)国鉄時代の常磐線を意識した青緑色(常磐無線アンテナパーツ添付)でしたし、ここ最近でも現在緩行線で活躍しているJR東日本JR東日本JR東日本E233系2000番台E233系JR東日本209系1000番台209系JR東日本E233系2000番台E233系とある程度共通化できる小田急?小田急電鉄小田急4000系4000形(2代目)などが次々と製品化され、ついには国鉄マーク(JNR)国鉄103系メトロ千代田千代田線直通仕様車まで製品化されるようになりました。最近もJR東日本JR東日本485系特急“ひたち号が製品化発表されましたね。ワタクシは元々国鉄マーク(JNR)国鉄形大好きというわけではないのですが、やはり地元ですし、自宅から見えるところを走っているのが常磐線ですので、おのずと食指が動きます(笑)。

 

国鉄マーク(JNR)国鉄103系(TOMIX製品)㊧と営団地下鉄営団6000系6000系(KATO製品)㊨

ちょっとピントが甘いですが(笑)、両者とも国鉄マーク(JNR)国鉄常磐線複々線化・営団地下鉄メトロ千代田千代田線相互直通運転開始時に導入された車両です。国鉄マーク(JNR)国鉄103系は車体が普通鋼製なのでもちろん全塗装なのですが、直通先の営団地下鉄の車両(ステンレス製の営団5000系(ステンレス・北綾瀬支線)5000系とアルミ製の営団6000系6000系)に合わせたのか灰色地に青緑色の帯というカラーリングとなっていて、素人目にはどちらも同じように見えるような・・・というのは言い過ぎでしょうか?。常磐線沿線住民は、緩行線(各駅停車)が“常磐線”ではなく“メトロ千代田千代田線”と意識している方が多く、広告物なども“メトロ千代田千代田線金町駅”“地下鉄メトロ千代田千代田線乗り入れ常磐線馬橋駅”などの記載が多く見られます。常磐線とメトロ千代田千代田線のイメージの差も大きいでしょうが(笑)、同じような色使いだったことも両者が1つの路線に見えてしまう一因だったかもしれません。

 

今月購入したばかりなのですが、レールのコンディションがよくなかったからなのか(店主曰く、この日の客は自分だけだったので汚れというよりは表面の酸化被膜ではないかとのこと)、走らせていると若干ギシキャクしてきました。分解してみると、ガラスパーツに乗務員室直後の戸袋窓の準備のようなモールドがあること、モハ102形の床板に手ブレーキや蓄電池のパーツを付けるための準備がされているるので、中央・総武緩行線のメトロ東西東西線直通用もいずれ製品化されるのでは?という気がします。

 

常磐無線アンテナと信号炎管はユーザー取り付けパーツで、信号炎管はあらかじめ穴が開いていますがなかなか取り付けにくく、飛ばして行方不明になりがちです。常磐無線アンテナは先頭部と車体中心付近の2か所取り付けるのですが、こちらは取付穴を自分で開ける必要があります。取付足が短いので、接着剤を併用しないと気付かないうちに取れて行方不明になる可能性があります。

 

前面は地下鉄直通車なので貫通扉(非常脱出扉)付きです。地下鉄直通車の乗務員室扉は、地上型より若干後ろにずれていますが、それもきちんと再現されています。乗務員室扉に隣接した屋根昇降ステップは、地上型ですと折りた たみ式ですが、地下鉄直通車は地下鉄線内での車両限界に収めるために埋込型になっています。かつて国鉄マーク(JNR)国鉄時刻表の国電のページでは、その路線の電車の色が記載されていましたが、中央・総武緩行線の地下鉄メトロ東西東西線直通と地下鉄メトロ千代田千代田線直通の常磐緩行線は“ぎん色の電車”と記載されていましたね。銀色というよりは灰色なのですが・・・。この製品でちょっと残念なのは、本来前面帯の太くなっている部分が側面に若干回り込んでいるのが再現されていないことでしょうか?

 

営団地下鉄営団5000系(ステンレス・北綾瀬支線)5000系(マイクロエース製品)㊧と国鉄マーク(JNR)国鉄103系(エメラルドグリーン)103系(TOMIX製品)㊨

㊧の営団地下鉄営団5000系(ステンレス・北綾瀬支線)5000系は1969年の営団地下鉄メトロ千代田千代田線開業時(北千住駅~大手町駅間)に導入された車両です。メトロ東西東西線に導入されていた営団5000系(ステンレス)5000系と同じ営団5000系(ステンレス・北綾瀬支線)5000系ですが、前面・側面の識別帯がメトロ千代田千代田線のラインカラーである緑色で、こちらは車内信号式ATCを採用し、その本体が車掌側前面窓の下半分をふさぐように設置されていました(当時のメトロ東西東西線は地上信号式ATCを採用)。当時は前面帯が細く3両固定編成で導入されました。翌1970年に中間車を増結して5両固定編成化、1971年の大手町駅~霞ヶ関駅間開業と国鉄マーク(JNR)国鉄常磐線直通開始時に5両固定編成を2編成つなげて10両編成化されました。この時に前面帯が太くなり、車内信号の表示方法変更に伴い計器盤の改造や常磐無線設置改造が実施されましたが、中間に入る運転台は先頭車として使うことがなくなるのでそれらの改造は未着手のまま運用されました。1979年の綾瀬駅~北綾瀬駅間分岐線旅客営業開始(線路自体はメトロ千代田千代田線開業時から綾瀬検車区への引き込み線として存在していました)に伴い、3両固定編成2編成を確保するため、1編成は戸袋窓のない中間車3両を増備して10両固定編成化(抜き取った3両を分岐線用3両固定編成に)、もう1編成は分岐線予備編成として5両固定編成+5両固定編成の組成を3両固定編成+7両固定編成に組み替えています。1981年のメトロ東西東西線輸送力増強に際して、分岐線用の3両固定編成を除いて全車がメトロ東西東西線に転用され、国鉄マーク(JNR)国鉄常磐線直通から撤退しました。この編成はマイクロエース製品のわりには(笑)走りがスムーズです。車掌側前面窓下半分をふさいであるのはワタクシの加工で、製品状態ではありません。

㊨の国鉄マーク(JNR)国鉄103系(エメラルドグリーン)103系は、1963年に試作車、1964年から量産車が山手線に導入された車両ですが、常磐線では1967年から導入されました。当時はまだ複々線化・営団地下鉄メトロ千代田千代田線相互直通運転開始前なので、この103系(エメラルドグリーン)103系が茶色の旧型車(72・73系など)とともに上野駅~取手駅間の各駅停車として運転されていました。90系(→101系)で始まった首都圏と関西圏の国電の色分け5色目となる青緑色の塗装が採用されましたが、関西圏の国電ではこの色は採用されず結果的に常磐線オリジナルとなりました。常磐線は他線区の103系の調整役となることが多く、編成パターンが数種類あったり、混色編成も度々見られましたが、先頭車は常磐無線の関係で、国鉄マーク(JNR)国鉄時代は地下鉄直通車の快速線転用による玉突きでの他線区転出を除けばあまり入れ替わりはなかったと記憶しています。TOMIXのHG(ハイグレード)仕様の国鉄マーク(JNR)国鉄103系(エメラルドグリーン)103系はこの青緑色が最初に製品化されていて、ワタクシは7両固定編成+3両固定編成の10両編成に仕立ててあります。

 

国鉄マーク(JNR)国鉄EF80形けん引の客車列車(機関車・客車ともKATO製品)

常磐線では1982年まで上野駅発着の客車列車が設定されていました。機関車はEF80形EF81EF81形、客車は旧型客車(スハフ・青)43系のいわゆる旧型客車や郵便郵便車でした。EF80形は1962年から1967年に常磐線に導入された交流直流両用機関車です。この機関車の特徴は交流直流両用であることはもちろんのこと、1つの台 車に主電動機を1個のみ装備し歯車で2軸を駆動することで、6軸駆動の機関車なのに主電動機は3個しかありません。また、一般的な国鉄マーク(JNR)国鉄の電気機関車より車輪径や台 車の軸距が小さめでどことなく短足なイメージがあります。運用区間も常磐線と武蔵野線、総武線、水戸線などに限られていて地域限定的な要素が強いこと、独特な車輪径や軸距が模型メーカー的に他形式と部品共用が難しいことからなかなか製品化されにくい形式だったのですが、マイクロエースで製品化されてから何年か後にまさかのKATOで製品化されました。メーカーの売り込みはあくまで寝台特急“ゆうづる号なのですが、へそ曲がりなワタクシは寝台特急“ゆうづる号ではなく旧型客車(スハフ・青)43系客車による普通列車に仕立てています。青い車体の客車なので、扉を開けたまま走るこの客車列車をブルートレインと思っていた…なんて恥ずかしくて言えない(笑)小学生時代・・・。今思えばそんな客車列車が1982年まで上野駅に乗り入れていたことが驚きです。快速線のホームがない駅最寄りの小学生は指咥えて見ているだけの列車でしたが(笑)。走る線路は違いますが地下鉄の電車と旧型客車が10年ぐらい当たり前に並走していたなんて今考えるとすごいですね。

 

あとはまともな造形の国鉄マーク(JNR)国鉄/JR東日本JR東日本203系415系401415系403415系415系営団地下鉄/東京メトロ東京メトロ06系が欲しいですね・・・

現状は造形がアレな製品や床下機器が国鉄マーク(JNR)国鉄国鉄113系 湘南色113系JR東日本211系 房総色211系の流用なのはいやだー(笑)。

 

 

 

 

 

 

ご無沙汰しております。最近はブログネタになるようなお出かけもほぼほぼなく、更新もさぼり気味でした(;^_^A

 

既に9月に入り、もはや夏ではなく秋なのですが、今年の夏は台風台風が多いですね。被害に遭われた方にお見舞い申し上げるとともに、犠牲になられた方にお悔やみ申し上げます。また、被災地の一日も早い復旧を祈念します。

幸か不幸かワタクシの周囲では大きな被害もなく、乗務中にも台風台風による速度規制や運転休止に遭遇することはありませんでした。

 

話は変わりまして、昨年秋に搬入が開始されてから試運転や調整が続いていた都営地下鉄浅草線の新型車5500形が今年6月30日から西馬込駅~泉岳寺駅間での運行開始、8月に入って直通運転先各社での乗務員教習を経て9月3日からいよいよ京成グループ京成電車北総鉄道への直通運転を開始(京浜急行電鉄への直通運転はまだらしいです)しました。たまたまワタクシは今日が公休だったこともあって京成グループ京成電車沿線に繰り出して撮り鉄してきました。都営地下鉄浅草線の車両は、直通運転の範囲が広く、特定編成を追跡して撮影するのは労力が必要だったりするのですが、最近は運用調査サイトやTwitterの目撃情報などで調べやすくなっていますので助かります(笑)。

 

・・・とそんなわけで最初は京成本線京成小岩~京成高砂間のお約束なスポットへ・・・

 

まずは・・・

 

京成3038-1 京成小岩~京成高砂間 20180905①

京成グループ京成電車京成3000系3000形3038-1の成田空港行き特急

2018年、つまり今年導入の8両固定編成です。2003年から導入されている京成3000系3000形ですが、今年度は6両固定編成と8両固定編成が2編成ずつの28両導入予定とのことです。

 

東交5504-8 京成小岩~京成高砂間 20180905①

東京都営地下鉄都営5500系 (試作)5500形5504-8の京成佐倉行き快速

都営5500系 (試作)5500形は、1991年から運用されている都営5300形 前期車5300形代替のために2018年から導入された車両です。車体はJR東日本JR東日本グループの総合車両製作所製軽量オールステンレス車体“sustina”で、軽量化を追求しつつも車体強度を高めた構造になっています。また、レーザー溶接の多用によって外板の継ぎ目を減らして美観の向上、水密性の向上(従来のステンレス車体は部材の貼り合わせ箇所がスポット溶接主体の組み立て方だったため、継ぎ目部分のシール処理が必要で、これの劣化による雨漏りなどがありました)が図られています。外観や内装は、沿線の浅草や歌舞伎座(東銀座)などの“和”をイメージしたものとしていますが、側扉や貫通路の引戸は車内側ステンレスむき出しなのがちょっと残念な印象だったりします。台 車は直通運転先の都合に合わせたボルスタ付きとしています。性能的には三菱電機製のフルSiC-MOSFET素子を用いたVVVF制御で、先代の“爆音”と言われた都営5300形 前期車5300形とは打って変わって走行音が静かです。編成両端の連結器は、京浜急行電鉄の車両と同じタイプの密着連結器で、連結器本体の下に電気連結器があることから、「京浜急行電鉄の車両と分割併合するのでは?」というヲタ目線の希望的観測も散見されますが、これは自走不能となった事態などで前後列車による推進運転が必要となった際にブレーキと連絡装置(ブザー・放送機器)を接続するためのものであって、あくまで異常時対応のための設備とのことです。システム的にはJR東日本JR東日本JR東日本E235系E235系に準ずる点が多くあるようです。とりあえず東京オリンピックを控えた2019年度までに19編成導入、追って2021年度までに8編成導入して現行の都営5300形 前期車5300形を代替するとのことで、都営5300形 前期車5300形は既に2編成が廃車となって解体処分になっています。

 

 

京成3011-1 京成小岩~京成高砂間 20180905②

京成グループ京成電車京成3000系3000形3011-1の京成津田沼行き普通

2004年導入の6両固定編成です。

 

この後、京成本線実籾駅~八千代台駅間のかつて実籾4号踏切があった場所近くのカーブへ移動します。

 

京成3005-8 実籾~八千代台間 20180905②

京成グループ京成電車京成3000系3000形3005-8の京成上野行き普通

2003年導入の6両固定編成です。

 

京成3678 実籾~八千代台間 20180905②

京成グループ京成電車京成電鉄3600形3678の西馬込行き快速

手前3両(3678~3676)と後ろ3両(367336716)は1989年導入、前から4両目と5両目(3667・3666)は1988年導入の8両固定編成です。今日撮影した車両では最古参になりますね。京成電鉄3600形は更新修繕や車体改修がなされていないことや、既に10両が廃車になっていることから、先は長くないと思われます。あまり現業からのウケもよくないようですし(笑)。

 

京成グループ京成電車京成3000系3000形3015-8の京成上野行き普通

2006年導入の6両固定編成です。

 

京成3033-8 実籾~八千代台間 20180905①

京成グループ京成電車京成3000系3000形3033-8の京成上野行き特急

2017年導入の8両固定編成です。

 

東交5504-1 実籾~八千代台間 20180905②

東京都営地下鉄都営5500系 (試作)5500形5504-1の西馬込行き快速

車外の行先・種別表示はマルチカラーとなり、側面では駅停車中に次の停車駅が表示されるあたりもJR東日本JR東日本JR東日本E235系E235系っぽいですが、快速表示のピンクが京成グループ京成電車より白っぽいことと、やはり走行写真ではバーコードみたいになってしまうのが・・・ねぇ(笑)。

 

今日はとりあえずこれで撤収しました。

 

今日は終戦記念日です。日本では73年前の1945年8月14日にポツダム宣言を受諾、翌8月15日の玉音放送によって1941年の真珠湾攻撃を発端に勃発した太平洋戦争が敗戦という形で終結しました。以降、連合国による占領状態が1952年のサンフランシスコ条約発効まで続くことになります。この間、戦争放棄、象徴天皇と国民主権、基本的人権の尊重などを定めた日本国憲法が公布・施行され現在に至っています。以降、日本では70年以上戦争のない平和な時代が続いています。が、終戦から70年以上も経過すると、戦争の悲惨さを目の当たりにしている人々が高齢化あるいは鬼籍に入ったりで、何故か戦争をかっこいいものと憧れたりゲームとして捉える人たちが出てきたり、せっかくの素晴らしい日本国憲法を押し付け憲法だから変えるべきという風潮が若年層に増えているといわれます(Twitterなどで戦闘機や戦車、軍艦、日の丸・旭日旗などをアイコンやプロフ画にしている人たちが改憲や自民党支持を主張していたりしますね)。男の子として戦闘機や戦車、軍艦などに惹かれるのを全否定するわけではないですが(1942年生まれのワタクシの父親も今でいうところのミリタリーオタな傾向がありまして、そういうモノに歓喜をあげる人でした。)、それらがかっこいいものに見える裏で戦争は一般庶民が空襲から逃げ回ったりあるいは不幸にして犠牲になったり(日本国民に限ったことではありません)、またそれらを作るために国民から金属製品を没収する金属供出があったりしたことを忘れてはいけません。

現在の総理大臣は、現行の日本国憲法が連合国に押し付けられたみっともない憲法だから新しい憲法を作ろうと躍起ですが、仮に押し付けられた憲法であっても(実際には憲法を変えることを強要されつつも、憲法そのものは日本人による策定なのですが)、大多数の国民が良しとするものを変える必然性がありません。とワタクシは思っています。

少なくとも自民党が何年か前に発表した草案よりは現行憲法のがずっとマシです。現行の政権になって5年以上が経過しますが、報道機関に圧力をかけて政権批判を委縮させたり、政治的主張を伴う集会などへの公共施設使用拒否など、既にきな臭いいつか来たあの道なんて言われていますね。

 

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さて、話は変わりまして今日は8月15日なので815な車両に登場願いたいと思います。
 
京浜急行電鉄京急800形800形デハ815-1
 
京急815-1 北品川~品川間 20090924
本線北品川~品川間にて2009年9月24日撮影
京浜急行電鉄京急800形800形は、京急700形700形同様自社線内の普通用として1978年から1986年にかけて導入された車両です。導入当初は閑散時3両編成、混雑時6両編成での運用を前提にした3両固定編成で導入されました。車体外観は京急700形700形以来11年ぶりの新形式車となったことから大胆にモデルチェンジされ、前面非貫通、側窓は黒いHゴム支持の固定窓と窓周り白塗装、内装もそれまでの寒色系からアイボリー系柄入りの化粧板にFRP一体成型の窓枠を採用し一目見て新型とわかるものとなりました。その一方で側扉は片開き、前照灯はシールドビーム1灯冷房装置は先頭車で分散型4基、中間車で集中型1基を採用、冷気攪拌には京急1000形1000形冷房車同様の首振り扇風機を採用し、先頭車の冷房装置が飛び出した丸天井とともに中途半端なレトロ感があります。また、ブレーキ制御は全電気指令式とし運転台は右手ワンハンドルを採用しています。性能的には京浜急行電鉄初の界磁チョッパー制御・回生ブレーキを採用しています。3両固定編成かつ全車電動車のため、主制御器は他社に例のない12個の主電動機を一括制御する1C12М制御となっています。普通用ということで加減速性能を重視した性能のため高速運転には不向きで、高速域では実際の速度以上に走行音が喧しいです(笑)。新しい京急スタイルを作ったということでなのか1979年に鉄道友の会から京急初となるローレル賞を受賞しています。登場後ほどなくしてやってきた第二次オイルショックの影響もあって、1980年導入の車両から戸袋窓以外の側窓が一段下降窓になっています。1982年以降、既存の3両固定編成の中間に全車中間車の3両を組み込んでいます。1982年暮れに快速特急京急2000系2000形が登場し、新型車をアピールしていた窓周り白塗装が窓下白帯塗装に変更されました。最終的に3両固定編成25編成、3両固定編成の中間組込み用増結車15編成分、6両固定編成2編成の132両が導入されています。1994年からの更新修繕では3両固定編成で残っていた10編成について、2編成つないだ形で中間に位置する運転台を撤去した固定編成化が実施されました。片側4扉・高加減速性能を発揮して普通メインで運用され、また短区間ながらも特急快特での運行も見られましたが、2010年に開業した羽田空港国際線ターミナル駅へのホームドア設置によって空港線への乗入れが不可能となったことや老朽化によって2011年から廃車が始まっています。このデハ815-1は1980年に3両固定編成で導入され、1982年に6両固定編成化(デハ812-2と初代デハ815-3の間に2代目デハ815-3・デハ815-4・デハ815-5を組込み、初代デハ815-3をデハ815-6に改番)、その後更新修繕を経て2015年に廃車されています。ちなみに京浜急行電鉄京急800形800形という形式は2代目にあたり、初代800形は1958年に導入され、1965年に1000形(初代)に編入されています
 
京阪CIロゴ京阪電車京阪800系800系815
 
京阪815 上栄町~浜大津間 20161031②
京津線上栄町~浜大津間に2016年10月31日撮影
京阪CIロゴ京阪電車京阪800系800系は、1997年の京津線京津三条駅~御陵駅間廃止と京都市営地下鉄東西線直通のために導入された車両です。車体は軌道線である京津線と小断面地下鉄である京都市営地下鉄東西線直通のために京阪線の車両を小さくしたような形となっています。京津線上栄町駅~浜大津駅間と回送として走行する石山坂本線浜大津駅~三井寺駅間の併用軌道での自動車との接触事故とその後の修復を想定し、車体は普通鋼製としています。車内は先頭車がセミクロスシート、中間車がオールロングシートになっています。性能的にはVVVF制御・回生ブレーキを採用し、京阪CIロゴ京阪電車としての保安装置はもちろんのこと、京都市営地下鉄東西線で運行するためのATC・ATO装置・ワンマン運転機器を装備しています。また、車体規格の小さい京都市営地下鉄東西線に合わせて走行機器や屋上機器が小型化されており、開発及び製造コストはかなりの高額だったと言われています。4両固定編成8編成の32両が1997年に導入されています。運行開始当初は京都市営地下鉄東西線内のみATOによる自動運転・ワンマン運転を実施し、京津線では車掌乗務で運行されていましたが、2002年からはワンマン運転を実施しています。導入当初は琵琶湖をイメージしたパステルブルーと灰白色の塗り分けに黄色の帯、裾に反射材の黒というカラーリングでしたが、2017年以降京阪線と同色に統一されることになり、現在この編成は三井住友銀行じゃなかった京阪線一般車と同じ緑色と白色のツートンに黄緑色の帯になっています。
 
 

先月購入した“新車”をしてきました。

 

まずはマイクロエース製品の京王電鉄デヤ900形とその仲間たち

 

京王電鉄デヤ900形

 
種別表示は付属のステッカーで試運転に。貫通扉上の行先表示は、この車両の性格から行先を表示することはなく、黒無地としましたが、付属のステッカーに黒無地のコマはないため、手持ちの他社製品のステッカーの黒ベタの部分を開口部に合わせた寸法で切り出して貼ってみましたが…再考の余地ありです(笑)。
 

京王電鉄クヤ900形“DAX

TNカプラーは間違えて密自連タイプを取り付けていますが、現在は密連タイプに交換しています。

 

京王電鉄クヤ900形“DAXの検測用パンタグラフ。サーチライトも点灯します。

 

側窓は3両ともスモークガラスの表現が濃く、明るい場所では室内がほぼ見えないです。

 

京王電鉄サヤ912形㊧とクヤ900形“DAX㊨の連結部

 

京王電鉄サヤ912形は構造上、ボディ(床板)マウントのTNカプラーが装着できないはずなのですが、TNカプラーのベースを一部カットして強粘着タイプの両面テープでペタッと装着。

 

次はKATO製品の国鉄マーク(JNR)国鉄119系(国鉄色)119系・クモユニ147形

 

国鉄マーク(JNR)国鉄クモユニ147形

こちら側(豊橋方)前面下部のジャンパー線は、ホース付きとホースなしがあり、連結する側にはホースなしを使うようにアナウンスされていますが、急カーブのないところを走らせるのであれば、ホース付きでも大丈夫なようです。車体色と明らかに違う色合いはいかがなものかと・・・(笑)。こちらの種別表示幕は紺地の[普通]が印刷されたパーツが装着済みで、ほかの種別に変えることは想定されていないようです。

 

国鉄マーク(JNR)国鉄119系(国鉄色)119系

国鉄マーク(JNR)国鉄119系(国鉄色)119系といえば、古くはグリーンマックス製品の板キットに始まり、それから20数年を経てグリーンマックスの完成品、マイクロエース、トミーテックの鉄道コレクションと、実は地味に製品化に恵まれた形式でありますが、何故かKATOだけはスルーしていた傾向がありましたが、ここ5年くらいの飯田線シリーズ展開の中でようやく製品化されました。国鉄マーク(JNR)国鉄119系(国鉄色)119系は後年のカラーリング変更や冷房改造、クモハ119形の一部両運転台化、ボタン式半自動扉化などの変化があるのでそのような製品展開も期待されるところであります。ただ、気になるところは塗装の艶がなさすぎるところでしょうか?。1982年暮れの導入から半年程度は代替される旧型車と共存していた訳ですが、それら引退間際の旧型車と並べたりすることを考えれば、もっと新車をアピールするためにも艶があった方が「らしい」ように感じます。こちらの行先表示幕は前面・側面とも付属のステッカーを貼ることになるのですが、3両編成の方は[豊橋]、2両編成の方は[岡谷]にしてあります。クハ118形のシルバーシート表示は印刷済みです。

 

国鉄マーク(JNR)国鉄クモユニ147形㊧とJR九州JR九州キハ40系キハ47形㊨

 

次はTOMIX製品のJR九州JR九州キハ40系

 
JR九州JR九州キハ40系は一般的な九州色のキハ40形1両とキハ47形2両セット、香椎線カラーとも言える“AQUA LINER”色2両セットの5両購入しています。いずれも今年2月発売の製品なのですが、九州色のキハ47形2両セットは人気が高いようで店頭在庫がある店がほとんどなく、ヤ○オクでゲットしました(笑)。製品仕様としては近年のベンチレーター(通風器)なし・床下ダークグレーの仕様ですので、国鉄マーク(JNR)国鉄末期~民営化当初の時代とするには一筋縄ではいかないようです。気動車故に車両の向きは固定されていないのですが、実車の写真を参考に向きを定め、前面貫通幌も宇美方のみに装着しています。宇美方と書いているように(笑)、これらは未だに香椎駅~和白駅間でしか乗車したことのない香椎線仕様としてあります。前面の種別表示幕は白地の[普通]と紺地の[普通]のはめ込みパーツが付属(出荷状態では紺地を装着済み)していますので、実車の写真と車号を照合して装着しています。
 
香椎線といえば“行先”ですね(笑)。これは付属する車号のインレタに入っていますが、肝心の行先表示(側窓上部のLE D表示器)のステッカーやパーツは入っていません。実車の組成は必ずしも同じ色同士や固定化された車両同士でということはないので、模型でも向きを考慮しつつあえて混色となるように組成していたりします。
 
トリはTOMIX製品のJR九州JR九州キハ66・67系
 
JR九州JR九州キハ66・67系は北部九州でしか見られない車両なので長らく完成品での製品化に恵まれなかった車両ですが、カラーリングや屋上のバリエーション展開ができるからなのか、現在はマイクロエースとTOMIXで製品化されています。マイクロエースのは前面の造形がちょっと違和感あるのでスルーwして、TOMIX製品を購入。こちらは現行仕様だと長崎県の大村線などに転じていてカラーリングもコバルトブルーベースのSEASIDE LINER色や復活国鉄色になり、連結側屋上の放熱器がきれいさっぱりに撤去されていたりするので、このカラーリングでは現存していません。そんな訳でこのカラーリングは現行仕様ではなく、国鉄末期~1990年代前半までの仕様となり、JRマークやシルバーシート表示がインレタ対応になります。また、屋上はベンチレーターと放熱器がある状態、床下機器はグレー、台車は黒となります。前面の種別表示幕は紺地の[普通]と白無地のパーツが付属していますので、両者を混在させてみました。この形式はキハ66形とキハ67形が常に同じ相方と組んで運用され、基本的に向きを変えることはなく、キハ66形が博多・竹下・宇美向き、キハ67形が若松・黒崎・西戸崎向きとなり、前面貫通幌はキハ66形のみ装着となります。
 
JR九州JR九州キハ66・67系キハ67形㊧とキハ40系キハ47形㊨
同じ色、同じような顔つきですが、両者の時代設定には約30年の開きが・・・
並べてみるとキハ66・67系キハ40系は手すり、尾灯、タイフォン(警笛)の位置、ジャンパー線、スカートの形状などが異なりますね。
 
ところでまたまた台風台風接近です。そしてワタクシは午後から仕事です。現時点では窓のサッシがビュービュー唸っていますが今日から明後日にかけて雨風が強くなるとのことで心配ですね。