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ご無沙汰しております。最近、パソコンの具合がよろしくなくついつい更新がおろそかになっておりました(;^_^A
今日は7月29日、7月もあと2日でおしまいです。台風12号ですが、ワタクシの住んている地域では雨や風が強くなったものの、大きな影響はありませんでした。ただし、今日は晴れたり曇ったり一時的に強い雨が降ったり、よくわからない天気ではありますね。
では7月29日なので729な方たちです。
京浜急行電鉄
700形デハ729
京急本線金沢八景駅にて1993年4月2日撮影
1970年導入のいわゆる2次車となる車両です。1984年に更新修繕・冷房改造が実施されていますが、この編成までが白地の表示幕を採用しています。廃車は2000年で、この編成の廃車によって白地の表示幕の
700形が消滅しています。廃車後は譲渡されることなく解体されています。
帝都高速度交通営団(営団地下鉄)
500形729
丸ノ内線中野坂上駅にて1996年5月13日撮影
ある年代以上の方にとっては懐かしい、赤い
丸ノ内線です(笑)。現在、
丸ノ内線では1988年から導入されたアルミ車体の![]()
02系が運用されていますが、1954年の池袋駅~御茶ノ水駅間開業以来、1996年まで赤い車体の電車が運用されていました。この赤い電車、形式でいえば1953年に導入された
300形、1956年に導入された
400形、1957年から1964年に導入された
500形、1965年と1969年に導入された900形が存在していました。カルダン駆動や左右窓下に配した前照灯、それまで前照灯が鎮座していた前面上部に設置された蛍光灯照明内蔵の方向幕、両開き扉など、現在の電車の基礎といっても過言ではない新機軸を盛り込んだ電車でしたが、それよりも強烈だったのは真紅な車体にステンレスのサインカーブの飾り帯のカラーリング、ピンクの内装と蛍光灯照明でしょう。まだまだ戦後復興途上の最中、まだ茶色や深緑色などの暗いカラーリングの鉄道車両が主流の中で、それこそミライからやってきた最新型の電車だったに違いありません。
300形と
400形は両運転台、
500形は片運転台、900形は運転台を持たない中間電動車となっていましたが、性能的には全く同一で相互に連結して運用されていました。但し、1960年代半ばの貫通幌整備(
銀座線と
丸ノ内線の車両はそれまで車両連結部の貫通幌がなく、貫通路は非常時以外通り抜け禁止でした)と列車無線整備に伴い編成が固定化され、以降
500形の先頭運用車以外は中間車として運用されていました。経年対策として1970年代から内装更新などの修繕工事が実施され、
300形については運転台を撤去した中間電動車への改造も実施されましたが、1988年以降
02系への代替によって廃車が始まり、池袋駅~荻窪駅間は1995年、中野坂上駅~方南町駅間の分岐線は1996年までに撤退して全廃されています。廃車後は大多数が解体されていますが、一部は学校などへの寄贈や個人への売却、地球の裏側アルゼンチンの地下鉄へ譲渡された車両などもあります。この729は荻窪線(
丸ノ内線としては1959年の新宿駅までの開業を“全通”としてしまったために、その延長にある新宿駅以西は“荻窪線”として開業した後に1972年に
丸ノ内線に統合されています)開業対応として1961年に導入された車両で1984年に修繕工事を実施しています。晩年は分岐線用として3両編成化されて1996年まで活躍し、営団地下鉄で廃車後はアルゼンチンへ渡ってブエノスアイレスの地下鉄で再起しています。
営団地下鉄を民営化した東京メトロでは、
02系の車体修繕を推進していましたが、架線(第三軌条)電圧昇圧(直流600V→750V化)に際して、
銀座線同様新造車導入による車両更新へ方針転換することになり、今後は2000系という新型車が導入されるようです。銀座線に導入された
1000系がアルミ車体ながら初代の1000形をイメージした黄色の車体をラッピングで再現しましたが、2000系も
500形のような赤い車体をラッピングで再現するとのことです。
今回は偶然にも赤い電車ですね(笑)。















