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ヘタレ車掌の戯言

毎日惰性だけで生きているヘタレ車掌の日常です。

前回記事の続きです。

 

晩年は4両固定編成5編成にまとめられていました2100・210形ですが、そのグループを構成するモハ210形、クハ2100形とクハ2000形はそれぞれ全く異なる経歴を有していて、固定編成となったのは1967年からのモハ210形更新修繕以降になります。ただし、モハ210形の更新修繕では、クハ2100形と似せた形態の中間電動車に化けたのでぱっと見生まれながらの相方のように見えますが、細部を観察すると差異が見られました。

そんな生まれも育ちの異なる車両たちなので、モハ210形、クハ2100形とクハ2000形について別々に記述したいと思います。

 

モハ210形

モハ210~モハ219…10両

京成212 京成津田沼駅 19880326

京成電車210形モハ212…京成津田沼駅にて1988年3月26日撮影

 

210形は1932年に200形の増備車として10両導入、当初は半鋼製・両運転台のつりかけ駆動車(登場時の電車・電気機関車はまだカルダン駆動が実用化されていない時代なので、全てが吊りかけ駆動でした)でした。200形以降の京成電車の特徴として、両側面の側面配置が点対称になっていて、扉の目の前に座席があるという形態になっていましたが、これは無人駅での集札の便を図ったためと言われています。モハ210は空襲によって車体を焼失似たため、1948年に500形モハ507、510形モハ512及び100形モハ109とともに車体を新造していますが、この時の新造車体は食パンみたいな運輸省63形電車に似た京成電車らしくない形態でした。この車体新造による復旧が、後のモハ210の運命を他の9両と異なるものにすることになります。

1950年代に車体内外の特別修繕や難燃化などの改造が実施されますが、1966年度から1967年度にかけて更新修繕が実施され、施工前の面影を全く残さない姿に変貌します。京成電車では1953年開始の100形更新修繕から車体を新造(台枠を活かして更新する場合と、台枠ごと新造する場合がありました)するのが基本となっていましたが、この210形では、元々特定の相方となる電動車がなかった2100形と組合わせることが前提の中間電動車とされることになり、一連の更新修繕において初の中間電動車となりました。それだけでなく、台 車や電装品も一新され、ブレーキが発電ブレーキなしの自動空気ブレーキのままながらカルダン駆動となり、台枠以外はほぼまるごと新造されています。☝の写真で左側に連結しているのは2100形クハ2101ですが、細かく観察すると戸袋窓周囲の処理(モハ212は外板より一段窪ませて戸袋窓をはめ込んでいるのに対し、クハ2101は外板を窪ませずに戸袋窓をはめ込んでいます)やここではわかりにくいですが雨樋が側面上部にしかないクハ2101に対して連結面の上にも回っているモハ212、両者の屋上通風器の形状・配置、床面高さなどが異なっています。この更新修繕では、1948年に車体を新造していたモハ210が、車体形状の揃うモハ507とモハ512とともに行商専用列車に運用されていたことから除外されていて、その代替に510形モハ511(1935年導入)と車号を交換し、モハ210は廃車まで食パンスタイルのままモハ511として運用されることになります。

 

京成211車内 千葉中央駅 19880326

京成電車210形モハ211車内

座席端のパイプや網棚、つり革を支持するパイプ周囲、広告吊りなどは更新修繕当時の新造車である3200形と同等品らしいです。モハ210形同士の連結部は分割しての運用に備えて貫通路は前面側と同寸で、連結器も密着自動連結器なのに対し、クハ2100形との連結部は広幅貫通路に半永久型連結器となっていました。

 

京成211中吊り① 千葉中央駅 19880326京成211中吊り② 千葉中央駅 19880326京成211車内ポスター② 千葉中央駅 19880326京成211車内ポスター 千葉中央駅 19880326

“さよなら2100・210形”として“青電”カラーが復刻された2102編成の車内は、広告スペースを使って2100・210形の経歴やお別れのご挨拶、懐かしの写真などが掲出されていました。

車内はいずれもモハ211で、千葉中央駅で1988年3月26日撮影

 

クハ2100形

クハ2101~クハ2109…9両京成2101 京成津田沼駅 19880326

京成電車2100形クハ2101の京成津田沼止め普通 京成津田沼駅にて1988年3月26日撮影

 

京成2102 京成高砂駅 198709

京成電車2100形クハ2102の京成金町行き普通 京成高砂駅にて1987年9月撮影

 

京成2102 京成高砂駅 19880325

京成電車2100形クハ2102の千葉中央行き普通 京成高砂駅にて1988年3月25日撮影

このカラーリングでの千葉中央行きはリバイバルならではですね。

 

京成3166&2102 千葉中央駅 19880326

京成電車3150形モハ3166の京成上野行き普通㊧と2100形クハ2102の京成津田沼行き普通 1988年3月26日撮影

千葉急行電鉄(現・京成電車千原線)開業前は、1番線と2番線からの交互発車でした。

 

京成2102 京成小岩駅 198803

京成電車2100形クハ2102の京成高砂行き普通 京成小岩駅にて1988年3月30日撮影

 

京成2103 京成高砂~青砥間 198802

京成電車2100形クハ2103の京成金町行き普通 京成高砂駅にて1988年2月撮影

 

京成2103 京成津田沼駅 19880325

京成電車2100形クハ2103の京成高砂行き普通 京成津田沼駅にて1988年3月26日撮影

 

京成2104 京成高砂駅 198802①

京成電車2100形クハ2104の京成金町行き普通 京成高砂駅にて1988年2月撮影

 

2100形は1952年と1953年に11両が導入されました。京成電車としては終戦後以来、220形600形に続く3作目の車両となり、資材欠乏の中作られた前2者とは打って変わって、半鋼製ながら屋根まで鋼製とした張り上げ屋根やウインドシル・ヘッダー(窓上下の補強のための帯状の出っ張り)のない滑らかな外観、板バネを止めた近代的(当時としては)な台 車、貫通幌の採用など、以降の京成電車の基本になった車両です。但し、制御車(クハ)のみの導入で、将来の電装化を想定した構造ではあるものの、相方となる電動車は導入されず、既存の電動車と連結して運用されました。11両導入されたうちのクハ2110とクハ2111は、1956年以降、700・2200形の一員として運用されることになり、1969年に運転台を撤去して中間付随車化されるものの1974年に廃車(クハ2111は新京成電車に譲渡、クハ2110は解体処分)されています。

1960年代前半に車体の全金属化や室内灯の蛍光灯化、窓枠の更新(開閉窓はアルミサッシ化、固定窓はHゴム化)を施工、クハ2101~クハ2109については1967年に更新修繕後のモハ210形の相方とするため電装品の一部分散配置や連結側貫通路改造、1970年から1971年に施工された特別修繕で前照灯2灯化や前面貫通幌撤去などが実施されています。なお、210形との固定編成化では1両不足するため、2000形クハ2008がモハ219の相方に抜擢されています。2000形は1948年から1950年にかけて運輸省・国鉄から18両払い下げを受けた制御車(クハ)です。その中でクハ2008は1961年施工の更新修繕で全金属製の車体を新造、当時の2000形100形更新車同様、屋上に通風器を設置せず、側面の2段になった雨樋の間に断続的に配置されたルーバーが通風器となっていました。また、2段の雨樋のうち、下段の雨樋は前面と連結面にも回り込んでいて、外観上の特徴となっていました。前述の理由から、1967年以降2100・210形のグループに組込まれ、各種改造も同様に実施されています。

 

京成2102車内 千葉中央駅 19880326

2100形クハ2102車内 千葉中央駅にて1988年3月26日撮影

210形と比較してみると、座席端の処理や扉脇の手すり、網棚より上の内張などにに差異が見られます。

 

引退直前の車両が往年のカラーリングを復刻するというのは、今や珍しいことではなくなったのですが、30年前の1988年時点では、国鉄末期~分割民営化の頃の機関車や1987年の近鉄近鉄電車6800系程度しか前例がなく、このリバイバルは、それらの先駆けだったのではないかと思われます。もっとも、一度使用をやめた色を後年復刻するというのは簡単なようで実は難しく、いざ復刻してみると「なんか違う」感が感じられたりするものです。それらの感覚はそれぞれの記憶のイメージや写真が原点での比較だったりするので、正解はないのかもしれませんが・・・。この“青電”も、ワタクシはリアルに“青電”だった頃もリバイバルも見ていますが、リアルな“青電”はこんなきれいなイメージではなかったです(笑)。

昨年末に発売されたトミーテックの“鉄道コレクション第25弾”に京成電車200形が含まれていますが、これの製品化でもかなり色で苦労してと聞いています。

 

現在の京成電車は、3400形AE形を除き、ステンレス車体の車両ばかりになってしまい、このようなリバイバルも期待できそうにありませんが、あるとすれば3600形引退記念でのファイヤーオレンジ帯復刻ぐらいでしょうか・・・

ご無沙汰しております。気がつけば3月もあと3日となりました。3月が終わるということは、いわゆる年度末ということで、この時期に運用終了・引退する鉄道車両も多いですね。鉄道事業者も一般的な企業同様、予算や事業計画は年度単位で動いているわけでして、代替対象の車両は年度内に整理したいという実情があるのでしょう(ワタクシは一乗務員でしかないので、事務方の意向はわかりません)。本日を以て京浜急行電鉄の顔だった京急2000系2000形が定期運用終了とのことで、我々の年代にとっての“快速特急”の代名詞だった車両だけに年月の流れを実感しますね。

 

で、本題は京浜急行電鉄ではなく、線路の繋がったトンネル向こうの話(笑)。

 

京成2104&3166 京成高砂駅 198802①

京成電車2100形クハ2104の京成金町行き普通㊧と3150形モハ3166の京成上野行き普通 京成高砂駅にて1988年2月撮影

 

京成2101 京成津田沼駅 19880326

京成電車2100形クハ2101の京成津田沼止め普通 京成津田沼駅にて1988年3月26日撮影

 

30年前の1988年3月、京成電車では、いわゆる“青電”の残党であった2100・210形が引退しました。

かつて、京成電車の一般車には、都営地下鉄1号線(浅草線)との相互直通運転用として1958年以降に導入された“赤電”と、それより前に導入されていた“青電”、そして現在も更新修繕で大きく姿を変えながらも活躍するステンレス車体の3500形(“赤電”の延長線上にある車両なので、ここでは強引ながら“赤電”に含めます)が存在していました。

“赤電”は東京都交通局及び京浜急行電鉄との協議によって定められた1号線規格に則った車両で、1両あたり全長18m片側3扉・外板幅2780㎜以内の車体を持ち、また性能的には駅間距離の短い地下鉄線内で求められる加減速性能と故障車推進に必要な性能を持たせるための全電動車編成や従来よりも応答性が高くなった発電ブレーキ併用の電磁直通空気ブレーキ(HSC-D)などを採用したのに対し、“青電”は1両あたり全長17m程度片側3扉・外板幅2700㎜程度の車体を持ち、性能的には“赤電”よりは劣る加減速性能、自動空気ブレーキ(ここで言う“自動”とは、停車位置まで自動的に止まれるブレーキではなく連結器の破損その他で列車が分離した際に自動的に非常ブレーキが動作する意味を指しています)を持つ車両たちを指しており、車体色も前者の赤系に対して緑系の塗装だったのでこのように呼ばれていました。

“赤電”の増加とともに“青電”は次第に追われる立場となり、輸送量が激増した新京成電車に譲渡あるいは電動貨車の種車となったり惜しくも廃車解体されるなどで数を減らし、晩年は4両固定編成5編成にまとめられた2100・210形20両(2000形クハ2008含む)が“赤電”と同様、合理化の一環としてファイヤーオレンジに塗り替えられて活躍していました。1987年度事業計画で3600形6両固定編成4編成導入によって2100・210形が代替されることとなり、1988年3月31日を以て引退しました。この引退に際しては、1編成が1週間限定で往年の“青電”カラーに復刻されて有終の美を飾りました。(次回以降に続きます)

 

 

 

 

山陽電車山陽5030系5030系は、1998年2月の阪神電車本線梅田駅までの直通特急運行開始に対応するための増備車として1997年に6両編成2編成、2001年の直通特急増発に伴う山陽5000系5000系6両固定編成化用の中間増結車として2000年に8両が導入されました。外観は大ざっぱに見て山陽5030系5000系同様ですが、山陽5030系5000系で採用している直流主電動機の確保が難しくなったこと(1989年以降の山陽5000系5000系新造車では、2000系廃車発生品の主電動機を山陽3000系(新塗装)3000系2300系に転用し、山陽3000系(新塗装)3000系2300系から捻出した主電動機を流用しています)などから、山陽電車初のVVVF制御を採用しています。山陽電車では、私鉄ではあまり採用例のない川崎電機(川崎重工系の電機メーカーで1968年に富士電機に合併)・富士電機製の主制御器を長年採用してきた経緯から、この山陽5030系5030系においても富士電機製のVVVF制御装置・主電動機(山陽5000系5000系の主電動機は三菱電機製)及び補助電源装置(SIV)を採用しています。パンタグラフは、廃車発生品のひし形(PK-55)のストックがなくなったことから、山陽3000系(アルミ)3050系と同型の下枠交差型(PK-60)を採用(新品)しています(2000年導入の山陽5000系5000系組込み車はPK-80…1997年導入車についても現在はこれに交換)。冷房装置の機種・形状が変化し、山陽5030系5000系で屋上に設置されていた通風機は廃止されています(山陽5030系5000系にも定期検査時にこのタイプに交換された車両があります)。側面は、側窓形状が1995年導入の山陽5030系5000系同様の一部固定窓(扉間は中央部を大きな固定窓、両端を幅を狭めた上段下降・下段固定)となっいる他、側面表示幕を3色表示のLED表示器に変更(5004F組込みのモハ5235-モハ5252、5006F組込みのモハ5237-モハ5253、5008Fのモハ5239-モハ5254は字幕式)されています。車内は阪神電車本線での混雑を考慮して扉間の転換クロスシートの山側を1人掛け(山陽5000系5000系組込み車は浜側が1人掛け)とした他、扉上部にLED表示の車内表示器、ドアブザー(開閉時にチャイムではなくブザーが鳴動)及び通話型の非常通報装置通話型の非常通報装置が新たに装備されています(山陽5000系5000系組込みの8両は準備工事のみ)。導入当初より阪神電車本線梅田駅への直通運転を前提としているため、当初より阪神電車の列車種類選別装置や非常連結に備えた連結器アダプタ搭載などが実施あるいは準備されています。

 

5630F

クハ5630-モハ5230-モハ5231-サハ5530-モハ5250-クハ5631

1997年3月に導入された6両固定編成です。大阪方先頭車が電動車でなくなったのは、当初より6両固定編成であり、短編成での運用を考慮する必然性がないからです。また、他編成との編成単位の併結もないので、前面貫通扉周囲の貫通幌取付座は省略されています。

 

山陽5630 須磨浦公園~山陽塩屋間 20171111③
山陽電車山陽5030系5030系クハ5630の梅田行き直通特急 須磨浦公園~山陽塩屋間にて2017年11月11日撮影
 

山陽5631 八家~的形間 20160522

山陽5030系クハ5631の山陽姫路行き直通特急 八家~的形間にて2016年5月22日撮影

 

山陽5631 香櫨園~西宮間 20171025②

山陽電車山陽5030系5030系クハ5631の山陽姫路行き直通特急 阪神電車本線香櫨園駅にて2017年10月25日撮影

山陽5030系5000系で実施された大阪方先頭車のロングシート化は、山陽5030系5030系では転換クロスシートが2-1列の座席なので未施工です。

この編成は、2013年2月に本線荒井駅付近の踏切で発生したトラックとの衝突による脱線事故によって大阪方2両が荒井駅ホームに乗り上げる形で脱線大破、この2両を含んだ4両が製造元の川崎重工にて修復され、翌2014年5月に完全復帰しています(損傷の程度が大きくなかったモハ5231とモハ5250は、2013年6月から山陽5000系5000系5000Fに組込まれて一足早く復帰しています)

6000系導入まで最新型の地位を長く保っていたことからか、車体のラッピング装飾に度々駆り出されることがありました。最初のラッピング装飾は、2007年に“姫路菓子博2008”にタイアップしたひめか号、その後2012年1月にテレビNHK大河ドラマ“平清盛”関連でKOBE de 清盛 2012が実施されています。

 

5632F

クハ5632-モハ5232-モハ5233-サハ5531-モハ5251-クハ5633
1997年3月に導入された6両固定編成です。
 

山陽電車山陽5030系5030系クハ5633の山陽姫路行き直通特急 阪神電車本線久寿川駅にて2016年1月29日撮影
山陽5030系5000系で実施された大阪方先頭車のロングシート化は、山陽5030系5030系では転換クロスシートが2-1列の座席なので未施工です。
この編成は、2000年に“淡路花博”にタイアップしたフローラ号、2014年1月にテレビNHK大河ドラマ“軍師官兵衛”関連で官兵衛号のラッピングが実施されています。
 
一応、これにて山陽電車山陽5000系5000系山陽5030系5030系の記事は終了とさせていただきますが、ワタクシ自身、山陽電車の社員や沿線住民ではないことから、各編成とも導入から現状への途中経過などは各種刊行物や、ネット上の情報などを可能な範囲で調べて書いていますので、時系列的に一部事実と異なる部分もあるかもしれないとお断りしておきます。山陽電車山陽5000系5000系が導入されて30年以上、昨年からリニューアル工事が始まりこれから大きく変化することが予想されることから今回記事にしてみました。事実と異なる部分(特に各種改造の時系列)など、コメントやメッセージなどでご教示いただければ幸いです。

5020F

クモハ5020-モハ5021-サハ5508-モハ5202-モハ5203-クハ5610

1990年6月に4両固定編成(クモハ5020-モハ5021-サハ5504-クハ5610)で導入された山陽電車山陽5000系5000系の11編成目です。この編成から扉間の座席が固定クロスシートから自動転換クロスシートとなったほか、前面貫通扉周囲への貫通幌取付座を設置、ジャンパー連結器と反対側(山側…クモハ5000形の運転士側、クハ5600形の車掌側)に空気管を設置したことによりスカートの開口部拡大(現行品はこのタイプ)が実施されています(空気管は後に撤去)。また、前面帯の形状が若干変わり下端が斜めにカットされています。導入当初より1991年開始の6両編成運転を前提としている一方で、貫通幌取付座、ジャンパー連結器及び空気管など、複数編成併結を意識した装備を追加するなど、仕様に謎めいた部分が多いです(笑)。また、台 車がボルスタ付き軸梁式台車(KW-93・KW-94)に変更されています。

 

山陽5020 久寿川~今津間 20081017

山陽電車山陽5030系5000系クモハ5020の梅田行き直通特急 阪神電車本線久寿川駅にて2008年10月17日撮影

手前から2両目のモハ5021のパンタグラフはひし形、後ろから2両目のモハ5203のパンタグラフは下枠交差型です。

 

山陽5020 久寿川~今津間 20090322

山陽電車山陽5000系明石ラッピング車5000系時のまちあかし号クモハ5020の梅田行き直通特急 阪神電車本線久寿川駅にて2009年3月22日撮影

山陽電車本線沿線の兵庫県明石市は、日本標準子午線の通る町として知られていますが、山陽電車本線人丸前駅ホーム上には子午線が表示されています。そんな訳で2009年3月から4年間、この編成に時のまちあかし号ラッピングが実施されていました。

 


山陽電車山陽5030系5000系クモハ5020の梅田行き直通特急 大塩~的形間にて2016年1月30日撮影

手前から2両目のモハ5021のパンタグラフも下枠交差型に交換されています。

 

山陽5020 須磨浦公園~山陽塩屋間 20171110

山陽電車山陽5030系5000系クモハ5020の梅田行き直通特急 須磨浦公園~山陽塩屋間にて2017年11月10日撮影

 


山陽電車山陽5030系5000系クハ5610の山陽姫路行き直通特急 的形~大塩間にて2016年1月30日撮影

1991年3月にサハ5504を抜き取って(5008Fに組込み)新たにサハ5508-モハ5202-モハ5203を組込んで6両固定編成化されています。編成全体が1990年度内の導入なので、導入時期による仕様の差異はなく、いわゆる“きれいな6両固定編編成”になっています。1998年2月の直通特急運転開始に備えて阪神電車の列車種類選別装置や非常連結に備えた連結器アダプタ搭載などが実施され、この改造に併せて、前面貫通扉に設置されていた渡り板は避難はしご装着に対応したステップに交換されています。2007年以降の定期検査でパンタグラフを下枠交差型(PK-80)に交換しています(この編成ではモハ5203が先に交換されています)。近年の改造としては、阪神電車本線での混雑緩和対策として、2014年以降にクモハ5020の転換クロスシートがロングシート化されています。

 

5022F

クモハ5022-モハ5023-サハ5509-モハ5204-モハ5205-クハ5611

1990年6月に4両固定編成(クモハ5022-モハ5023-サハ5505-クハ5611)で導入された山陽電車山陽5030系5000系の12編成目で、編成単位としては最終導入となります(以後の山陽5030系5000系導入は既存編成の中間増結車のみ)。

 

山陽5022 杭瀬~大物間 200610

山陽電車山陽5030系5000系クモハ5022の梅田行き直通特急 阪神電車本線杭瀬駅にて2006年10月撮影

パンタグラフは全てひし形です。この当時は、直通特急の梅田行きには大阪ライナー、山陽姫路行きには姫路ライナーの愛称があり、車掌側前面窓上部に副標が掲出されていました。

 

山陽5022 久寿川~今津間 20160129②

山陽電車山陽5030系5000系クモハ5022の梅田行き直通特急 阪神電車本線久寿川駅にて2016年1月29日撮影

パンタグラフが全て下枠交差型に交換されています。

 

山陽5022 的形~八家間 20160522

山陽電車山陽5030系5000系クモハ5022の梅田行き直通特急 的形~八家間にて2016年5月22日撮影

現在は大阪ライナー姫路ライナーの愛称と副標が廃止されていますが、野球甲子園球場で阪神タイガース阪神タイガースの試合がある日には阪神副標が掲出されます。

 

山陽5022 須磨浦公園~山陽塩屋間 20171111②
山陽電車山陽5030系5000系クモハ5022梅田行き直通特急 須磨浦公園~山陽塩屋間にて2017年11月11日撮影
 

山陽5022 尾上の松~高砂間 20171111

山陽電車山陽5030系5000系クモハ5022梅田行き直通特急 尾上の松~高砂間にて2017年11月11日撮影
 

 

山陽5022&6000 東二見工場 20171028①

山陽電車山陽5030系5000系クモハ5022㊧と6000系クモハ6000㊨ 東二見工場にて2017年10月28日撮影

 

山陽5611 野田~福島間 19980228②

山陽電車山陽5030系5000系クハ5611の山陽姫路行き直通特急 阪神電車本線阪神野田~福島間にて1998年2月28日撮影

 

山陽電車山陽5030系5000系クハ5611の山陽姫路行き直通特急 的形~大塩間にて2016年1月30日撮影

 

山陽5611 東二見工場 20171028

東二見工場内のトラバーサーに載っている山陽電車山陽5030系5000系クハ5611 2017年10月28日撮影

 

山陽5205 東二見工場 20171028②

ジャッキアップ(車体の上げ下げ)の実演に供される山陽電車山陽5030系5000系モハ5205 2017年10月28日撮影

1991年3月にサハ5505を抜き取って(5010Fに組込み)新たにサハ5509-モハ5204-モハ5205を組込んで6両固定編成化されています。編成全体が1990年度内の導入なので、導入時期による仕様の差異はなく、いわゆる“きれいな6両固定編編成”になっています。1998年2月の直通特急運転開始に備えて阪神電車の列車種類選別装置や非常連結に備えた連結器アダプタ搭載などが実施され、この改造に併せて、前面貫通扉に設置されていた渡り板は避難はしご装着に対応したステップに交換されています。2007年以降の定期検査でパンタグラフを下枠交差型(PK-80)に交換しています。近年の改造としては、阪神電車本線での混雑緩和対策として、2014年以降にクモハ5022の転換クロスシートがロングシート化されています。

 

とりあえず山陽電車山陽5000系山陽5030系5000系全12編成を書いてきたので、この連載は終了で・・・と言いたいところですが、まだ山陽5030系5030系がありますね(笑)。

5014F

クモハ5014-モハ5015-サハ5510-モハ5208-モハ5209-クハ5607

2000系代替のために1988年12月に3両固定編成(クモハ5014-モハ5015-クハ5607)で導入された山陽電車山陽5000系5000系の8編成目です。4両固定編成化用のサハ5500形を除けば2年ぶりの導入となったため、若干の仕様変更があります。目立つところでは、先頭部浜側(クモハ5000形の車掌側、クハ5600形の運転士側)に併結運転に備えたジャンバ連結器(電気的な接続をするためのケーブル)設置とそれに伴うスカートの開口部拡大(左右非対称)、車内クロスシート背もたれ背面のいたずら対策(モケット張りから化粧板張りに変更)などです。

 

山陽5014 的形~八家間 20160522

山陽電車山陽5000系5000系クモハ5014の梅田行き直通特急 的形~八家間にて2016年5月22日撮影

 

山陽3054&5014 須磨浦公園~山陽塩屋間 20171111

山陽電車山陽5000系5000系クモハ5014の梅田行き直通特急 須磨浦公園~山陽塩屋間にて2017年11月11日撮影

1991年の6両編成運転開始に伴い、3両固定編成+3両固定編成での6両編成対応のため前面貫通扉周囲に貫通幌取付座を設置し、ジャンパー連結器と反対側(山側…クモハ5000形の運転士側、クハ5600形の車掌側)に空気管を設置したことによりスカートへの開口部追設が実施されています(空気管は後に撤去)。1993年11月にサハ5510を組込んで4両固定編成化されています。このサハ5510は台 車が円筒案内式から軸梁式(KW-94)に変更された他、、扉間の座席が自動転換可能な転換クロスシートを採用、側窓が一部固定化(車端部・扉間とも扉側を固定1枚窓に)されるとともに窓柱と下枠の一部が黒色に着色されています。続いて1995年6月にモハ5208-モハ5209を組込んで6両固定編成化されています。この時組込まれたモハ5208-モハ5209はサハ5510同様側窓の一部が固定化されていますが、扉間は中央部が大きな固定窓となり、車端部の連結側と扉間の扉側が上段下降・下段固定の2段式となっています(窓柱は無着色のアルミ地)。また、これに先だって1995年3月に固定クロスシートだったクモハ5014、モハ5015、クハ5607が転換クロスシート化されています。1998年2月の直通特急運転開始に備えて阪神電車の列車種類選別装置や非常連結に備えた連結器アダプタ搭載などが実施され、この改造に併せて、前面貫通扉に設置されていた渡り板は避難はしご装着に対応したステップに交換されています。その後、2007年以降の定期検査でパンタグラフを下枠交差型(PK-80)に交換、2011年頃に前面下部のスカートが左右対称の現行品に交換、阪神電車本線での混雑緩和対策として、2014年以降にクモハ5014の転換クロスシートがロングシート化されています。

 

5016F

クモハ5016-モハ5017-サハ5511-モハ5210-モハ5211-クハ5608

1989年7月に3両固定編成(クモハ5016-モハ5017-クハ5608)で導入された山陽電車山陽5000系5000系の9編成目です。

 

山陽5016 的形~八家間 20160522②

山陽電車山陽5000系5000系クモハ5016の梅田行き直通特急 的形~八家間にて2016年5月22日撮影

 

山陽5016 尾上の松~高砂間 20171025②

山陽電車山陽5000系5000系クモハ5016の梅田行き直通特急 尾上の松~高砂間にて2017年10月25日撮影 

 


山陽電車山陽5000系5000系クハ5608の山陽姫路行き直通特急 阪神電車本線出屋敷駅にて2016年1月29日撮影

 

山陽5608 高砂~尾上の松間 20160522

山陽電車山陽5000系5000系クハ5608の山陽姫路行き直通特急 高砂~尾上の松間にて2016年5月22日撮影

1991年の6両編成運転開始に伴い、3両固定編成+3両固定編成での6両編成対応のため前面貫通扉周囲に貫通幌取付座を設置し、ジャンパー連結器と反対側(山側…クモハ5000形の運転士側、クハ5600形の車掌側)に空気管を設置したことによりスカートへの開口部追設が実施されています(空気管は後に撤去)。1993年11月にサハ5511を組込んで4両固定編成化されています。このサハ5511は台 車が円筒案内式から軸梁式(KW-94)に変更された他、、扉間の座席が自動転換可能な転換クロスシートを採用、側窓が一部固定化(車端部・扉間とも扉側を固定1枚窓に)されるとともに窓柱と下枠の一部が黒色に着色されています。これに先だって1993年9月に固定クロスシートだったクモハ5016、モハ5017、クハ5608が転換クロスシート化されています。続いて1995年6月にモハ5210-モハ5211を組込んで6両固定編成化されています。この時組込まれたモハ5210-モハ5211はサハ5511同様側窓の一部が固定化されていますが、扉間は中央部が大きな固定窓となり、車端部の連結側と扉間の扉側が上段下降・下段固定の2段式となっています(窓柱は無着色のアルミ地)。この時導入されたモハ5210-モハ5211が山陽5000系5000系の最終増備になりました(以降は山陽5000系5030系に移行)。1998年2月の直通特急運転開始に備えて阪神電車の列車種類選別装置や非常連結に備えた連結器アダプタ搭載などが実施され、この改造に併せて、前面貫通扉に設置されていた渡り板は避難はしご装着に対応したステップに交換されています。その後、2007年以降の定期検査でパンタグラフを下枠交差型(PK-80)に交換、2011年頃に前面下部のスカートが左右対称の現行品に交換、阪神電車本線での混雑緩和対策として、2014年以降にクモハ5016の転換クロスシートがロングシート化されています。

 

5018F

クモハ5018-モハ5019-サハ5507-モハ5200-モハ5201-クハ5609

1989年7月に3両固定編成(クモハ5016-モハ5017-クハ5608)で導入された山陽電車山陽5000系5000系の10編成目です。

 

山陽5018 久寿川~今津間 20081023

山陽電車山陽5000系5000系クモハ5018の梅田行き直通特急 阪神電車本線久寿川駅にて2008年10月23日撮影

 

山陽電車山陽5000系5000系クモハ5018の梅田行き直通特急 飾磨~亀山間にて2016年11月1日撮影

 

山陽5609 西代~高速長田間 19911007

山陽電車山陽5000系5000系クハ5609の山陽姫路行き特急 西代駅にて1991年10月7日撮影

地下化前の西代駅です。現在とはスカート開口部が異なる他、車掌側に空気管があります。

 


山陽電車山陽5000系5000系クハ5609の山陽姫路行き直通特急 阪神電車本線出屋敷駅にて2016年1月29日撮影

この時点では手前から2両目のモハ5201は下枠交差型のパンタグラフでしたが、後ろから2両目のモハ5019はひし形のパンタグラフを搭載しています。

 

山陽5609 的形~八家間 20160522

山陽電車山陽5000系5000系クハ5609の回送 八家~的形間にて2016年5月22日撮影

 

山陽5609 高砂~尾上の松間 20160522②

山陽電車山陽5000系5000系クハ5609の山陽姫路行き直通特急 高砂~尾上の松間にて2016年5月22日撮影

1991年の6両編成運転開始に伴い、3両固定編成+3両固定編成での6両編成対応のため前面貫通扉周囲に貫通幌取付座を設置し、ジャンパー連結器と反対側(山側…クモハ5000形の運転士側、クハ5600形の車掌側)に空気管を設置したことによりスカートへの開口部追設が実施されています(空気管は後に撤去)。この編成は、1990年に5012Fとの間で台 車交換を実施し、導入当初履いていたボルスタ付き円筒案内式台車(KW-35・KW-36A)からボルスタレス台 車(KW-73・KW74)に交換されていますが、これは短期間で終わります。3両固定編成+3両固定編成での6両編成対応が実施されているものの、1990年12月にサハ5507-モハ5200-モハ5201が組込まれて6両固定編成化されています(このあたりどのような計画を以て対応していたのか謎が多いです)。この際にクモハ5016-モハ5017-クハ5608のボルスタレス台 車(KW-73・KW74)は、サハ5507-モハ5200-モハ5201同様のボルスタ付き軸梁式台車(KW-93・KW-94)に交換されています。この時に組込まれた3両は、扉間の座席が自動転換可能な転換クロスシートを採用していますが、側窓は全て上段下降下段固定の2段窓なので、外観的には統一されていますね。1993年9月に固定クロスシートだったクモハ5018、モハ5019、クハ5609が転換クロスシート化されていて、外された固定クロスシートを用いて山陽3000系(アルミ)3050系の一部編成が固定クロスシート化されています(5016F及び1995年改造の5014Fの発生品も同様に転用)。1998年2月の直通特急運転開始に備えて阪神電車の列車種類選別装置や非常連結に備えた連結器アダプタ搭載などが実施され、この改造に併せて、前面貫通扉に設置されていた渡り板は避難はしご装着に対応したステップに交換されています。2008年にスカートが現行品に交換され、2007年以降の定期検査でパンタグラフを下枠交差型(PK-80)に交換しています(パンタグラフの交換は、編成単位でなく車両単位での実施だったので、山陽5030系5030系を含まない編成でも同一編成にひし形のPK-55と下枠交差型のPK-80が混在することがありました)。2016年にこの編成のモハ5019のパンタグラフが交換されたことによって山陽5030系5030系全車が下枠交差型パンタグラフ搭載になっています。阪神電車本線での混雑緩和対策として、2014年以降にクモハ5018の転換クロスシートがロングシート化されています。

 

次回は5020Fと5022Fです。