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ヘタレ車掌の戯言

毎日惰性だけで生きているヘタレ車掌の日常です。

こんばんはです。今日は7月4日なので704の方たちです。

ぶっちゃけ昨日と同じような顔ぶれなのですが(笑)、よろしかったらお付き合いください。

 

京阪CIロゴ京阪電車京阪700型700形704

 

京阪704 蹴上駅 19921219

京津線蹴上駅(現在廃止)にて1992年12月19日撮影

停車しているようにも見えますが、準急は京津三条駅~御陵駅間にある途中駅(東山三条駅、蹴上駅、九条山駅、日ノ岡駅)は通過となっていましたので、信号待ち(交通信号)で停車しているだけかゆっくり通過しているのどちらかのはずです。蹴上駅はまんま路面電車の安全地帯で、ホームもご覧の通りの高さなので、この700形では乗降できません。

 

京阪704 浜大津~三井寺間 20111015①

石山坂本線浜大津~三井寺間にて2011年10月15日撮影

 

京阪704 皇子山~近江神宮前間 20111124

石山坂本線皇子山~近江神宮前間にて2011年11月24日撮影

350形358(1967年に京阪線800型の機器流用で製造)の車体を流用して1992年に導入されています。

 

阪堺電車701形モ704

 

阪堺704帝塚山四丁目~帝塚山三丁目間 20140928②

上町線帝塚山四丁目~帝塚山三丁目間にて2014年9月28日撮影

後ろに見えるビルはあべのハルカスです。

 

阪堺704 住吉鳥居前~住吉間 20160130②

住吉鳥居前~住吉間にて2016年1月30日撮影

701形の4両目で1989年導入の車両です。

 

広島電鉄700形704

 

広電704&805 本川町~原爆ドーム前間 20150912

本川町~原爆ドーム前間にて2015年9月12日撮影(左側。右側は800形805)

1982年導入の車両です。

 

あれっ、京急は?

単純にデジタル化済みのネタがなかっただけです(笑)。

 

今日のワタクシの住んでいる地域では、昨日よりは涼しいかな?とも思いましたが、風が強かったですね。実は今月初めての出勤だったのですが、7月1日付の人事異動が発令されていて、直属の上司も一部変化がありました。

 

 

 

こんばんはです。今日は7月3日なので703の方たちです。

 

京浜急行電鉄京急700形700形デハ703

 

京急703 金沢八景~金沢文庫間 19930402

京急本線金沢八景駅にて1993年4月2日撮影

京浜急行電鉄京急700形700形は、自社線内の普通用として1967年から1971年にかけて4両固定編成21編成の84両導入された車両です。京浜急行電鉄では1959年から都営地下鉄直通用として全電動車方式の18m片側3扉車体の京急1000形1000形を導入していましたが、1968年の直通開始を前に直通運転に必要となる京急1000形1000形がほぼ足りる状況になったことと、直通運転とは縁のない普通にも全電動車方式の京急1000形1000形を導入するのは経済的でないという判断や、乗降時間短縮のために扉を増やしたいということで出現したのがこの京急700形700形です。将来的には3両編成及び6両編成での運転を想定しつつも、当面普通のみ停車の駅のホーム有効長の関係から4両編成とする必要があり、デハ700形-サハ770形-サハ770形-デハ700形の4両固定編成で導入されることになりました。デハが700形なのに対し、サハが750形ではなく770形となっているのはこういう事情があったからなのですが、普通の6両運転にはハードルが高く、結局全編成が4両固定編成で導入され、サハ770形は車両番号が形式より若くなってしまう車両が出現しました。国鉄マーク(JNR)国電よりも短い車体で片側4扉とした結果、側窓の半数は戸袋窓となり、車体割付上、運転台のある先頭車と中間車では車体長が1m異なります。京急1000形1000形より一回り小さい窓や奥行きのない座席に“京浜急行らしくない”とファンからの評判は良くなかったと聞きますが、実は高速性能は京急1000形1000形より良かったようです。普通中心の運用だったためか冷房改造着手は遅めで、更新修繕とともに1980年からとなり、全車完了したのは1988年でした。1998年から廃車が始まり、2005年に全廃されています。後期廃車の一部編成は先頭車のみが改造の上、高松琴平電気鉄道(ことでん)に譲渡され、1200形として琴平線と長尾線で活躍しています。このデハ703は1967年に導入されたいわゆる1次車で、周囲に丸みのない側窓と高運転台構造採用による小さな前面窓が外観上の特徴でしたが、1987年実施の更新修繕・冷房改造によって運転台高さが当時の京急標準となり、前面窓も拡大されました(側窓はそのまま)。更新修繕・冷房改造時に連結器交換の準備工事を実施して1988・1989年頃に密着自動連結器を全自動型密着連結器に交換しています。製造時期的には経年が長めでしたが、更新修繕・冷房改造が遅めだったことから廃車は2005年と京急700形700形の中では長命で、廃車後高松琴平電気鉄道(ことでん)に譲渡され、現在は1200形1214として琴平線で活躍しています。

高松琴平電気鉄道1200形1214の高松築港行き 瓦町~栗林公園間にて2015年5月27日撮影

 

京阪CIロゴ京阪電車京阪700型700形703

 

京阪703 蹴上~九条山間 19921219

京津線蹴上~九条山間(現在廃止区間)にて1992年12月19日撮影

350形359(1967年に京阪線800型の機器流用で製造)の車体を流用して1992年に導入されています。

 

阪堺電車701形モ703

 

阪堺703 住吉公園~住吉間 20160129②

住吉公園駅(現在廃止)にて2016年1月29日撮影

阪堺電車701形は、南海電車からの分離(1980年)後初の新造車で1987年から1995年にかけて11両が導入されました。導入当初は白色ベースに褐色系の帯というカラーリングでしたが、現在は全車が広告ラッピングになっています。このモ703は1988年に導入されています。

 

広島電鉄700形703

 

広電703 宇品二丁目~県病院前間 20150912②

宇品二丁目~県病院前間にて2015年9月12日撮影

1982年導入の車両です。

 

話変わりまして・・・新調したカメラカメラで撮影

 

 

東武8163 江戸川台~運河間 20180702

東武鉄道東武8000系8000系クハ8163の柏行き急行 江戸川台~運河間にて2018年7月2日撮影

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は、一昨日に購入したカメラで試し撮り的な撮り鉄してきました。まだ使い勝手を覚えるのには時間がかかりそうです(;^_^A

 

で、今日は7月2日ということで日付が変わらないうちにサクッと702を…

 

京阪CIロゴ京阪電車京阪700型700形702

 

京阪702 九条山~蹴上間 19940224

京津線九条山~蹴上間(現在廃止区間)にて1994年2月24日撮影

 

京阪702 浜大津~三井寺間 20140608②

石山坂本線浜大津~三井寺間にて2014年6月8日撮影

前回記事京阪CIロゴ京阪電車京阪700型700形701の相棒です。このため701同様の経歴で、350形360(1967年に京阪線800型の機器流用で製造)の車体を流用して1992年に導入されています。

 

高松琴平電気鉄道(ことでん)700形702

 

琴電702 学園通り~白山間 20060809②

長尾線学園通り~白山間にて2006年8月9日撮影

こちらも前回記事高松琴平電気鉄道(ことでん)700形701の相棒です。このため701同様の経歴で、1969年製造の元名古屋市交通局東山線300形314が種車で、名古屋市交通局で廃車後に東京の京王重機整備で集電方式の変更(第三軌条方式→架線方式)、運転台設置、冷房化などの改造の上、1998年に導入されています。長尾線に導入されましたが、車両規格大型化によって京浜急行電鉄からの譲受車が導入されたことで志度線に転用、車号も724に改番されているため、現在702という車号は見られなくなっています。

 

 

 

 

今日から7月、2018年も早くも後半に突入です。ワタクシ事になりますが、5月某日に小湊鉄道バス車内でカメラカメラを落下させてしまうというヘマをやらかしてしまいまして、その衝撃でカメラカメラがギア系の異音が出るようになったことと、画角の異常が発生してしまい、昨日メーカーの修理窓口に行ってきたのですが、交換すべき部品の在庫がなくて直せないという判断が下されましたので、2008年から使ってきたカメラα350を引退させ、新たに最新機種ではないのですがカメラα7Ⅱを購入したのですが、これによって想定外のお札出費が…

 

さて、7月1日ということで今日は701な車両たちに登場願います。あっ、東北の701系仙台色アレはありませんのであしからず(笑)。

 

京阪CIロゴ京阪電車京阪700型700形701

 

京阪701 蹴上~九条山間 19940224

京津線蹴上~九条山間(現在廃止区間)にて1994年2月24日撮影

 

京阪701 中ノ庄~瓦ヶ浜間 20111124②

石山坂本線中ノ庄~瓦ヶ浜間にて2011年11月24日撮影

 

京阪701 近江神宮前~皇子山間 20140608

石山坂本線近江神宮前~皇子山間にて2014年6月8日撮影

京阪CIロゴ京阪電車京阪700型700形は、1992年から1993年にかけて大津線(京津線と石山坂本線の総称)に10両導入された車両です。大津線では京阪600型600形京阪80型80形に続く冷房車で、将来の架線電圧昇圧(直流600V→1500V化…1997年実施)に対応した複電圧車となりました。手続き上は新造車としての導入になっていますが、実際にはつりかけ駆動で京津線で運用できない350形4両と、260形を1979年にカルダン駆動化した京阪500型500形6両の車体を流用した改造車です(種車の350形京阪500型500形京阪700型700形の竣工日付で廃車扱い)。京阪CIロゴ京阪電車はこのような手法での改造が得意でして、この京阪700型700形も種車の車体製造を辿れば1967年製造(350形流用車)と1968年製造(京阪500型500形流用車)となります。導入当初は京津線でも運用されていましたが、1997年10月の京津三条駅~御陵駅間廃止・京都市営地下鉄東西線直通開始によって京津線からは撤退(臨時・貸切列車などで四宮駅以東へ入線することがあります)しています。この701は、350形361(1967年に京阪線800型の機器流用で製造)の車体を流用して1992年に導入されています。近年は増収対策としてのラッピング電車が多くなっていて、2001年撮影の写真ではラッピング仕様になっています。

 

西鉄電車700形ク701

 

西鉄701 大保~三沢間 19971216①

大牟田線大保~三沢間にて1997年12月16日撮影

西鉄電車西鉄700系700形は、西鉄600系600形をベースに4両固定編成とした車両で、1972年に4両編成1編成が導入されました。西鉄600系600形では大牟田方を向く先頭電動車がモ600形、西鉄福岡方を向く電装を持たない先頭車がク650形と形式が分けられていましたが、この西鉄700系700形では電装を持たない両先頭車がク700形、2両一組となった中間電動車がモ700形となっていて、車号も大牟田方から701~704の連番となっています。編成とともに冷房準備車として導入され、追って冷房装置が実装され、西鉄マーク西鉄電車初の冷房車となっています。導入当初は前照灯が前面上部にシールドビーム2灯、貫通扉窓下に手動方向幕付き、あずき色のツートンカラーという西鉄600形(初期更新車)外観でしたが、1977年以降に前面形状の改造(前照灯を前面窓下に移設して側面と前面上部に電動表示幕を新設)、追って現行塗装化が実施されています。西鉄600系600形との併結も可能だったので、4両編成単独での運用だけでなく、西鉄600系600形の2両固定編成や3両固定編成と併結しての6両編成・7両編成も見られました。2006年に西鉄3000系3000形導入の代替として廃車されています。

 

高松琴平電気鉄道(ことでん)700形701

 

琴電701 池戸~高田間 20060809

長尾線池戸~高田間にて2006年8月9日撮影

 

琴電701 瓦町~片原町間 20060808①

琴平線瓦町~片原町間にて2016年8月8日撮影

高松琴平電気鉄道(ことでん)700形は、600形同様、名古屋市交通局(名古屋市営地下鉄)東山線所属車と名城線所属車の譲受車ですが、名古屋市交通局時代に中間車だった車両(名古屋市交通局時代の改造なのか否かには関わらない)を先頭車化したのが600形で、新造当初から先頭車だった車両が700形になります。

この701は、1969年製造の元名古屋市交通局東山線300形313が種車で、名古屋市交通局で廃車後に東京の京王重機整備で集電方式の変更(第三軌条方式→架線方式)、運転台設置、冷房化などの改造の上、1998年に導入されています。東山線の車両は300形まで前面に(側面も)方向幕がなく、譲受に際して京王帝都電鉄の廃車発生品の側面表示幕を改造の上、車掌台側前面窓上部に新設しています。長尾線に導入されましたが、車両規格大型化によって京浜急行電鉄からの譲受車が導入されたことで志度線に転用、車号も723に改番されているため、現在701という車号は見られなくなっています。

 

琴電723 八栗新道~塩屋間 20150526②

志度線八栗新道~塩屋間にて2015年5月26日撮影

 

広島電鉄700形701

 

広電701 広電前~日赤前間 20160901①

広電本社前~日赤病院前間にて2016年9月1日撮影

広島電鉄700形550形(1955年導入…2006年全廃)以来久々に導入された市内線専用車で、1982年から1985年までに14両が導入されました。1983年までに導入された7両はつりかけ駆動、1985年に導入された4両はカルダン駆動となっています。

この701は1982年に導入されました。

 

JR西日本JR西日本485系485系クハ481-701

 

JRW Tc481-701 魚津駅 19921215①

北陸本線魚津駅にて1992年12月15日撮影

国鉄マーク(JNR)国鉄時代の1968年から導入された485系485系は、直流1500Vと交流20000V50Hz、交流20000V60Hzの3種類の電化区間に対応した3電源方式の交直流両用特急型電車で、四国を除く全国の国鉄マーク(JNR)国鉄電化区間で活躍した国鉄マーク(JNR)国鉄特急型電車の代表作です。分割民営化に際してはJR東日本JR東日本JR西日本JR西日本JR九州JR九州に継承されましたが、経年による老朽化や陳腐化によって徐々に数を減らし、現在はJR東日本JR東日本のジョイフルトレインを除けばほぼ全廃状態になっています。

このクハ481-701は国鉄マーク(JNR)国鉄時代の1974年に導入された485系489系の中間車サハ489-11を種車として1985年に先頭車改造を実施した車両です。ほぼ一貫して北陸方面し、2011年に廃車されています。この撮影した魚津駅も現在はJR西日本JR西日本北陸新幹線開業によってJR西日本JR西日本からあいの風とやま鉄道に移管されています。

 

 

 

ワタクシの住むエリアでは早くも梅雨が明けたようです。梅雨と言えば降り続ける雨のイメージですが、今年の梅雨は、確かに何日か雨の日がありましたが、梅雨らしい気候ではなかったような気がします。とは言うものの、まだ梅雨明けでない地域もありますので、大雨などに要注意です。梅雨が明けた地域でもゲリラ豪雨などがありますので、油断は禁物です。

 

さて、6月最終日の6月30日ということで今日は“630”ですね。

 

まずは毎度おなじみ?の高松琴平電気鉄道(ことでん)600形の630です。

 

琴電630 房前~塩屋間 20150526③

房前~塩屋間にて2015年5月265日撮影

1973年(高松琴平電気鉄道公式ホームページによると1971年)製造の元名古屋市交通局東山線250形256が種車で、名古屋市交通局で廃車後に東京の京王重機整備で集電方式の変更(第三軌条方式→架線方式)や冷房化などの改造の上、2000年に導入されています。種車となった名古屋市交通局250形は、東山線100形(1957年~1963年導入…1988年全廃)や200形(1964年導入…1990年全廃)の中間車700形(1965年~1973年導入)を100形老朽廃車に伴う先頭車不足に対応すべく先頭車化した車両で、比較的経年の浅かった1971年~1973年導入の車両を種車に1983年から1987年にかけて18両が日本車輛で改造されました。この630は名古屋市交通局700形754(1973年導入)→250形256(1984年改造)→高松琴平電気鉄道600形630と変遷しています。前回記事の628とは種車形式が異なることと、先頭車化の時期(名古屋市交通局時代の改造か譲受時の改造か)によって、屋根・車端部形状や前面窓・乗務員室仕切などが異なります。

琴電628 房前~塩屋間 20150526②

こちらは名城線所属車の中間車を改造した628です。

 

琴電630&802 今橋工場 20150526

今橋検車区のピットで休む600形630㊧と600形802㊨

600形のうち、800番台の車両は、志度線増結車とするため、長尾線所属だった車両を電装解除・連結面非貫通化・方向転換(半数…瓦町方に統一)・パンタグラフ設置(半数…偶数番号車を種車とした車両のみ)です。