短編ドラマ「切れない糸」その⑲(ショートストーリー1223) | 丸次郎 「ショート・ストーリー」

「あ~ら、奇遇ね。...まさか、こんな場所で会うなんて。」

 

その声、そしてその顔。

そこにいたのは紛れもなく貴子であった。

 

「昨日から典子を尾行し、俺に脅迫めいた電話をしてきたのも君だね?俺たちと同じ便で来たのか?」

 

鬼気迫る表情で、そう訊いた好次朗に、貴子は笑みを浮かべ答えた。

 

「あら、人聞きの悪い言い方しないで。...尾行だとか、脅迫電話だとか、まるで知らないんだけど。...私、二日前からここに来てるの。女ひとり人旅ってわけ。...なにか問題でも?」

 

そう言う貴子の目には、獲物を見つめるハンターのような鋭さが漲っていた。

 

「世界に数多の国がある中で、行き先も場所も時期も一致するなんて、偶然にもほどがある。...正直に答えたらどうだ?俺と典子を尾行しに来たんだろ?」

 

好次朗が問い詰めるように言った時、典子が席に戻ってきた。

 

貴子は驚いて立ち尽くしている典子に視線を合わせると、小さく手を振り、微笑んだ。

 

「典子~、そんなに驚かないでよぉ~、一人旅に来ていたら偶然、この店で会うなんて。きっと縁があるのねぇ~私たちって!」

 

依然として言葉もなく呆然としている典子に、貴子は陽気な声で、そう言った。

 

「典子~、今夜、どこに泊まるの?よかったら、夕食、御一緒しない?」

 

貴子がそう言うと、好次朗が遮るように言った。

 

「結構!これからすぐにフランスへ移動なのでね。」

 

好次朗は貴子から逃げるため、そう嘘をついた。

 

「あら、そうなの。...さっきスイスに着いたばかりなのに?」

 

貴子は思わず、そう言い返した後、口元を手で覆い、苦笑いを浮かべた。

「私たちが、さっきスイスに着いたって、なんで分かるんだ?...やっぱり、そうだったのか。...貴子、キミは、ずっと俺たちを尾行していたんだな?航空機だって、俺たちと同じ便に乗ったんだろ?」

 

好次朗が語気を強め、そう訊くと、貴子はサングラスを外し、笑いながら言った。

 

「バレちゃ仕方ないわね。...そうよ。ず~っと、あなた達を追って、遥々ここまで来たの。」

 

すると、ようやく典子が口を開いた。

 

「貴子...あなた、何が望みなの?...私?それとも好次朗さん?...それとも私と彼の関係を引き裂こうとしているの?ねぇ!そうなんでしょ?」

 

典子の足は、怒りからなのか、それとも言い知れぬ恐怖からなのか、微かに震えていた。

 

それとは対照的に、貴子は足を組み、笑みを浮かべていた。

 

「もうこれ以上、俺たちに付きまとうのは、やめてくれ。...典子も怯えている。...もし今後も続けるならば警察に言うからね。」

 

好次朗は貴子にそう言って席を立つと、典子の背を押すようにして、店から出ていった。

 

そんな二人の後ろ姿を見ていた貴子は、ゆっくり立ち上がると、あとを追うように出ていった。

 

交差点でタクシーを拾った好次朗と典子。

 

その光景を見ながら、貴子は呟いていた。

 

「私、欲しいものは必ず手に入れる主義なの。ふふっ、ふふふ(笑)」

 

 

        【つづく】

 

 

 

 

懐かしのヒットナンバー

林哲司    「Yesterday Alone」