「あ~ら、奇遇ね。...まさか、こんな場所で会うなんて。」
その声、そしてその顔。
そこにいたのは紛れもなく貴子であった。
「昨日から典子を尾行し、俺に脅迫めいた電話をしてきたのも君だね?俺たちと同じ便で来たのか?」
鬼気迫る表情で、そう訊いた好次朗に、貴子は笑みを浮かべ答えた。
「あら、人聞きの悪い言い方しないで。...尾行だとか、脅迫電話だとか、まるで知らないんだけど。...私、二日前からここに来てるの。女ひとり人旅ってわけ。...なにか問題でも?」
そう言う貴子の目には、獲物を見つめるハンターのような鋭さが漲っていた。
「世界に数多の国がある中で、行き先も場所も時期も一致するなんて、偶然にもほどがある。...正直に答えたらどうだ?俺と典子を尾行しに来たんだろ?」
好次朗が問い詰めるように言った時、典子が席に戻ってきた。
貴子は驚いて立ち尽くしている典子に視線を合わせると、小さく手を振り、微笑んだ。
「典子~、そんなに驚かないでよぉ~、一人旅に来ていたら偶然、この店で会うなんて。きっと縁があるのねぇ~私たちって!」
依然として言葉もなく呆然としている典子に、貴子は陽気な声で、そう言った。
「典子~、今夜、どこに泊まるの?よかったら、夕食、御一緒しない?」
貴子がそう言うと、好次朗が遮るように言った。
「結構!これからすぐにフランスへ移動なのでね。」
好次朗は貴子から逃げるため、そう嘘をついた。
「あら、そうなの。...さっきスイスに着いたばかりなのに?」
貴子は思わず、そう言い返した後、口元を手で覆い、苦笑いを浮かべた。
「私たちが、さっきスイスに着いたって、なんで分かるんだ?...やっぱり、そうだったのか。...貴子、キミは、ずっと俺たちを尾行していたんだな?航空機だって、俺たちと同じ便に乗ったんだろ?」
好次朗が語気を強め、そう訊くと、貴子はサングラスを外し、笑いながら言った。
「バレちゃ仕方ないわね。...そうよ。ず~っと、あなた達を追って、遥々ここまで来たの。」
すると、ようやく典子が口を開いた。
「貴子...あなた、何が望みなの?...私?それとも好次朗さん?...それとも私と彼の関係を引き裂こうとしているの?ねぇ!そうなんでしょ?」
典子の足は、怒りからなのか、それとも言い知れぬ恐怖からなのか、微かに震えていた。
それとは対照的に、貴子は足を組み、笑みを浮かべていた。
「もうこれ以上、俺たちに付きまとうのは、やめてくれ。...典子も怯えている。...もし今後も続けるならば警察に言うからね。」
好次朗は貴子にそう言って席を立つと、典子の背を押すようにして、店から出ていった。
そんな二人の後ろ姿を見ていた貴子は、ゆっくり立ち上がると、あとを追うように出ていった。
交差点でタクシーを拾った好次朗と典子。
その光景を見ながら、貴子は呟いていた。
「私、欲しいものは必ず手に入れる主義なの。ふふっ、ふふふ(笑)」
【つづく】
懐かしのヒットナンバー
林哲司 「Yesterday Alone」