短編ドラマ「切れない糸」その⑱(ショートストーリー1222) | 丸次郎 「ショート・ストーリー」

搭乗手続きを済ませた二人は、足早に国際線の搭乗口へと向かい、あと20分後に迫った離陸の時を、今か今かと待ちわびていた。

 

 

「離陸さえしてしまえば、もう誰も邪魔は出来ない。...」

 

好次朗は何度も繰り返し、心でそう呟いていた。

 

典子が近くの売店で、たこ焼きとドリンクを買ってきてくれた。

 

「12時間以上も空の上なんですもの。腹ごしらえしときましょ。」

 

典子がそう言って好次朗に1パック渡すと、好次朗は「機内でも飲食物は販売されてるよ?」と言うと典子は「あっ、そうだね!」と言って笑った。

 

好次朗は時折、辺りを見回し、不審な者がいないか探った。

 

どこにも見知った顔はなく、好次朗は安堵の表情を浮かべた。

 

腕時計に目をやると、ちょうど午後4時。

 

そろそろ搭乗ゲートが開いて、機内に移動する頃である。

 

すると搭乗するようアナウンスが流れ始め、好次朗は典子の肩に手をやり、席を立った。

 

「あの脅迫電話...結局は、ただの脅しだったってわけか。」

 

そう思いながら好次朗は係員にチケットを渡し、受け取ると、典子の肩を抱きながら搭乗用の通路を歩き始めた。

 

機内に入ると、チケットに記された座席ナンバーのとおり、中ほど翼近くの窓際の席に、二人は座った。

 

「よかったね。何事もなく乗れて。」

 

「あぁ、そうだね。...あんな電話があったからね。」

 

典子の表情が、やっとリラックスしたように見えた。

 

「恵美だったのか?それとも、貴子だったのか?」

 

脅迫電話の声が誰からであったのか?好次朗は、どうしても知りたかった。

 

「なに考えてるの?」

 

典子が、少し心配そうに好次朗の横顔を見て言った。

 

「いや、なんでもないよ。...ただ、ちょっとだけ向こうでの暮らしを想像していたのさ。」

 

好次朗がそう答えると、「もう、明日の今頃には、スイスにいるのね。」と、典子が真面目な顔で言った。

 

「典子、不安なのかい?」

 

「うん、初めての外国暮らしだからね。...正直、不安が今は勝ってるかな。...でも、すぐに慣れちゃうと思う。」

 

そう言って、典子は笑った。

 

やがて航空機は定刻どおり、滑走路を離陸した。

 

銀色の翼に夕陽が反射し、窓が輝いていた。

 

刻一刻と遠ざかってゆく、母国。

雲の遥か下に、細長い島国が霞むように小さく消えてゆく。

 

そんな光景を窓から見ていた典子は、なぜか急に悲しくなり、隣りの好次朗の腕に顔を摺り寄せた。

 

そんな典子の髪を優しく撫でてあげながら、好次朗は囁くように言った。

 

「何も怖がることはない。...いつだって君のそばには俺がいる。」

 

すると典子は小さくクスッと笑い、「ごめんね」と言った。

 

「臭い芝居に見えた?」

 

「ううん、なんか、おかしかったの。」

 

典子に笑みが戻り、好次朗は嬉しかった。

 

翌朝早くに、二人を乗せた航空機は無事チューリッヒ国際空港に着陸した。

 

 

空港内で荷物を受け取り、空港発のリムジンバスで市内へ向かうと、やがて二人はレストランに入った。

 

オーダーを済ませ、典子が席を立ってトイレに行くと、好次朗は背後のテーブル席から声をかけられた。

 

振り向いた好次朗は、相手を見て、一瞬で体が硬直した。

 

「な、なぜだ!?」

 

好次朗の驚く顔をサングラスに映し、その女は不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

 

           【つづく】

 

 

 

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