「あんまり、ぐだぐだ言ってると、あんたら二人まとめて逮捕するよ?...公務執行妨害で。」
山際は、ぞんざいな口ぶりで言うと、彰に鋭い視線を向けた。
「袴谷は博打などしていない。武藤から借りた金を借金返済に充てた証拠の領収書もある。...素人は、あんまり出しゃばらんほうが身の為だ。」
山際は、そう言うと、小百合に目を向け、一歩前へ踏み出した。
彰は小百合を守るように立ちはだかり、山際を睨んだ。
「さぁ、これから署へ、ご同行願おうか。...これは上司からの命令でね。」
山際にそう言われた小百合は、少し沈黙した後、答えた。
「分かりました。...でも、一度自宅に戻って最低限の物を持って来ていいですか?」
その言葉に山際は「元夫みたいに逃亡するなよ?」と、嫌味たらしい口調で言った。
彰も一緒に行こうとしたが、山際が強く止めた。
小百合がタクシーでアパートへ向かった後、彰は駅前のベンチで缶コーヒーを飲み始めた。
山際のそばには居たくなかったのだ。
山際は電話ボックスに寄りかかって、煙草を喫い始めた。
煙草の先だけがオレンジに光り、彰の目には、それが蛍のように映っていた。
「まもなく最終電車が参ります。...」
構内放送が流れていた。
山村の過疎地にあるローカル線の駅ゆえ、終電の時刻は驚くほど早い。
山際が現れなければ、自分は、とっくに帰路についていた。それが山際の登場で今もまだ、小百合の町にいる。
当然と言えば当然なのだが、それは偶然のアクシデントというよりも、必然のメインイベントのように彰には感じられた。
缶コーヒーを飲み終えた頃、咥え煙草の山際が彰の方へ歩いて来た。
そして、ベンチの横に立ったまま、腕時計に目をやると呟くように言った。
「あんた、あの女と、どういう仲なんだ?」
彰は答えず、黙っていた。
すると山際は、更に口を開いた。
「地雷を踏んじまった女と、あんたも一緒にドカーン!と道づれになる覚悟かい?」
彰は山際が何を言っているのか、理解出来なかった。
「地雷?...地雷って何ですか?」
彰が暗闇の中、遠くを見つめながら訊いた。
山際は煙草の煙を鼻から噴き出すと、上唇を舐め、言った。
「この国のタブーに触れたんだよ。...あの女は。」
「タブーね。...ふっ、なにがタブーだよ。」
彰は山際に辛うじて聞こえるぐらいの小声で、そう呟くと鼻で笑った。
「しかし遅いなぁ。...ここから、そんなに遠くないだろ?アパートまで。」
小百合が自宅アパートに向かってから1時間ほど経過し、不審に思った山際がそう言った。
駅から小百合のアパートまで、タクシーなら10分ほどで着く。
必要最小限の物を持って来るだけなら、確かに時間が掛かりすぎていた。
「俺、アパートへ見に行っていいですか?」
彰がそう言うと、山際は頑なに「駄目だ。」と、却下した。
その時、消防車が、けたたましくサイレンを鳴らしながら、目の前の通りを走っていった。
「小百合さんのアパートの方向だ。...」
彰は思わず、そう呟くと、ベンチから立ち上がった。
彰は、嫌な胸騒ぎを覚えながら、小百合のアパートのほうへ、走り始めていた。
【次回に続く】
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