「旅路の女(後編21)」ショートストーリー1174 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」

「あんまり、ぐだぐだ言ってると、あんたら二人まとめて逮捕するよ?...公務執行妨害で。」

 

山際は、ぞんざいな口ぶりで言うと、彰に鋭い視線を向けた。

 

「袴谷は博打などしていない。武藤から借りた金を借金返済に充てた証拠の領収書もある。...素人は、あんまり出しゃばらんほうが身の為だ。」

 

山際は、そう言うと、小百合に目を向け、一歩前へ踏み出した。

 

彰は小百合を守るように立ちはだかり、山際を睨んだ。

 

「さぁ、これから署へ、ご同行願おうか。...これは上司からの命令でね。」

 

山際にそう言われた小百合は、少し沈黙した後、答えた。

 

「分かりました。...でも、一度自宅に戻って最低限の物を持って来ていいですか?」

 

その言葉に山際は「元夫みたいに逃亡するなよ?」と、嫌味たらしい口調で言った。

 

彰も一緒に行こうとしたが、山際が強く止めた。

 

小百合がタクシーでアパートへ向かった後、彰は駅前のベンチで缶コーヒーを飲み始めた。

山際のそばには居たくなかったのだ。

 

山際は電話ボックスに寄りかかって、煙草を喫い始めた。

 

煙草の先だけがオレンジに光り、彰の目には、それが蛍のように映っていた。

 

「まもなく最終電車が参ります。...」

 

構内放送が流れていた。

 

山村の過疎地にあるローカル線の駅ゆえ、終電の時刻は驚くほど早い。

 

山際が現れなければ、自分は、とっくに帰路についていた。それが山際の登場で今もまだ、小百合の町にいる。

 

当然と言えば当然なのだが、それは偶然のアクシデントというよりも、必然のメインイベントのように彰には感じられた。

 

缶コーヒーを飲み終えた頃、咥え煙草の山際が彰の方へ歩いて来た。

 

そして、ベンチの横に立ったまま、腕時計に目をやると呟くように言った。

 

「あんた、あの女と、どういう仲なんだ?」

 

彰は答えず、黙っていた。

 

すると山際は、更に口を開いた。

 

「地雷を踏んじまった女と、あんたも一緒にドカーン!と道づれになる覚悟かい?」

 

彰は山際が何を言っているのか、理解出来なかった。

 

「地雷?...地雷って何ですか?」

 

彰が暗闇の中、遠くを見つめながら訊いた。

 

山際は煙草の煙を鼻から噴き出すと、上唇を舐め、言った。

 

「この国のタブーに触れたんだよ。...あの女は。」

 

「タブーね。...ふっ、なにがタブーだよ。」

 

彰は山際に辛うじて聞こえるぐらいの小声で、そう呟くと鼻で笑った。

 

 

「しかし遅いなぁ。...ここから、そんなに遠くないだろ?アパートまで。」

 

小百合が自宅アパートに向かってから1時間ほど経過し、不審に思った山際がそう言った。

 

駅から小百合のアパートまで、タクシーなら10分ほどで着く。

 

必要最小限の物を持って来るだけなら、確かに時間が掛かりすぎていた。

 

「俺、アパートへ見に行っていいですか?」

 

彰がそう言うと、山際は頑なに「駄目だ。」と、却下した。

 

その時、消防車が、けたたましくサイレンを鳴らしながら、目の前の通りを走っていった。

 

「小百合さんのアパートの方向だ。...」

 

彰は思わず、そう呟くと、ベンチから立ち上がった。

 

彰は、嫌な胸騒ぎを覚えながら、小百合のアパートのほうへ、走り始めていた。

 

 

 

         【次回に続く】

 

 

 

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