「どこへ行くんだ?!」
山際は、咥え煙草を吐き捨てると、彰に向かって叫んだ。
彰は振り返りもせず走りながら「小百合さんの家!」とだけ答え、通りに停まっていたタクシーに乗りこみ去っていった。
「まったく。...どうしようもない奴らだ。」
山際は、そう呟くと、コートの内ポケットから無線機を取り出し、「逃亡の恐れあり。至急、応援頼む。」と、誰かに伝えた。
小百合のアパートが近づくにつれ、暗闇がオレンジに変わっていった。
「相当大きな火災のようですな。...」
運転手が言った。
小百合のアパートの前まで来ると、彰は胸を撫でおろした。
火災現場はアパートの向かい側にある町工場の一角であった。
タクシーを降り、小百合の部屋まで一気に駆け上がると、彰は部屋のチャイムを鳴らした。
やがてドアが開くと、現れたのは小百合ではなく、スーツ姿の見慣れない男であった。
「誰ですか?あなた。」
彰がそう言うと、男は警察手帳を見せながら、「所轄の刑事です。...あなたは?」と言った。
彰は「小百合さんの友人です。」と答えた。
刑事は訝しげに彰を見つめ、部屋の中にいるもう一人の刑事に声をかけた。
二人の刑事は時折、彰を見ながら小声で立ち話しをしていた。
その奥に、座り込んでいる小百合の姿が見えた。
「小百合さん!...さぁ、駅に戻りましょう!」
彰は玄関から、そう声をかけた。
小百合は力のない目で彰を見ると、微かに微笑んだように見えた。
彰は靴を脱ぎ、部屋の中に入っていくと二人の刑事が立ちはだかり、彰を小百合から遠ざけようとした。
「何をするんですか!?離してくださいよ!」
彰は刑事ともみ合いながらそう言っても、刑事たちは手を緩めなかった。
「さぁ!小百合さん!...私と一緒に、ここから出ましょう!」
刑事たちを押しのけようとしながら、彰は、そう叫んだ。
「あんたは帰りなさい。...用は無い。」
刑事の一人が、彰の腕を後ろ手に抑えながら耳元で言った。
彰は、その刑事を横目で睨み、言った。
「あなた達は私に用が無くても、私は小百合さんに用があるのです!」
すると刑事が一層強い力で彰の腕を締め上げると、厳しい口調で言った。
「それ以上、我々の業務を邪魔すると、公務執行妨害で連行するぞ!」
その時、小百合の声が聞こえた。
「彰さん!...助けて。...私、消される!」
彰は己の腕が折れても構わないほどの力で体を刑事のほうへ反転させると、別人のような険しい形相で刑事を睨み、言った。
「刑事さん、結構強気だね。...罪状なんて何でもいいよ。...好きにしなよ。...その代り、俺は小百合さんを救う為なら何でもやるからね。」
腕の激痛に耐えながらも、笑みを浮かべ、そう言う彰の迫力に刑事は内心、圧倒されていた。
「警察庁長官、袴谷釜三郎によろしく。」
彰は刑事にそう言うと、眼光鋭く睨み続けていた。
もう一人の刑事が無線で誰かと会話した後、彰の腕を抑えている刑事に言った。
「その男も連行しろ。...」
その言葉を聞いて彰は微笑み、小百合の方を見て言った。
「小百合さん、俺も一緒だよ。...安心して。」
小百合は、そんな彰に向かって小さく頷くと、笑みを返したのであった。
【次回に続く】
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