「旅路の女(後編20)」ショートストーリー1173 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」

彰は小百合の肩を抱きしめながら黙っていた。

その時、列車から降りてきた2、3人のうちの誰かが声をかけてきた。

 

「あんた、小百合さんだね?」

 

ハッとして我に戻り、立ち上がった小百合。

つられるように彰も立ち上がり、声のほうに目を向けた。

 

グレーの冴えない皴だらけのジャケットを着て、無精ひげを蓄え、深くパナマ帽をかぶった初老の男。

 

見覚えのない男に彰は警戒心を抱きつつ、小百合の横顔に目をやった。

 

小百合は険しい顔をし、男を睨みつけているようだった。

 

「今さら、何の用ですか?」

 

それまで彰にたいして話していた声とは違い、気合の入った凛とした声で小百合がそう尋ねた。

 

男は帽子の頭に手をやり、帽子を取りながら軽く会釈をしたあと、彰に視線を投げかけ言った。

 

「あんた、誰だね?」

 

すると彰が答えるよりも早く、小百合が言った。

 

「こっちが、お訊きしているんです。...山際さん、いったい何の用で来られたのですか?」

 

すると山際は苦笑いを浮かべ、答えた。

 

「小百合さん、あんたの身柄を一時的にだが拘束させてもらうよ。...武藤の逃亡を助けたということで、あんた、犯人蔵匿罪の容疑なんだよ。」

 

すると彰が山際の前に立ちはだかり、言った。

 

「小百合さんは逃亡の手助けなんてしていない。...武藤って人が、勝手にこの町にやって来て、妻だった小百合さんのアパートに転がり込んだんだ。...警察に追われ山野を車で逃走した時も、小百合さんは武藤から初デートで行った海にまた行こうって誘われ、同乗しただけのこと。...むしろ小百合さんは逃亡の巻き添えを食らったようなものさ!」

 

小百合は彰の背中をみながら、黙って聞いていた。

 

「それじゃ、なぜ武藤が訪れた時に、すぐ警察に通報しなかったんだ?...一晩、泊めた上に翌日はドライブだなんて。...一緒に逃げる気だったんだろ?小百合さんよ?」

 

山際は彰の背後にいる小百合に視線を向けると、口髭を指で弄りながらそう言った。

 

辺りはすっかり闇に包まれ、駅前にある外灯の裸電球だけが、3人を照らしていた。

 

「何を言っても、あなたには無駄のようね。...武藤の次は、この私を消すつもり?」

 

小百合は動じる気配も見せず、落ち着いた声で淡々とそう言った。

 

すると山際が溜め息をついた後、不敵な笑みを浮かべ言った。

 

「消すだなんて。...小百合さん、あんた随分、人聞きの悪い言い方をするねぇ。...俺は職務を誠実に全うしているだけだよ。健全な社会の為にね。」


当時、小百合の元夫、武藤は料理屋の開業資金としてコツコツ貯めていた金を、飲み友達であった袴谷から涙ながらに懇願され、仕方なく借金返済の為として貸した。

 

しかし、一か月後の返済日に武藤が袴谷のもとを訪れると、袴谷は「金など一切無い」と突っぱねた。

 

武藤が理由を訊くと、袴谷は武藤の金を借金返済ではなく賭博に使っていたことが分かり、武藤が激怒。

 

袴谷が所持していたナイフで襲って来た為、武藤は咄嗟に手元にあったドリンクボトルで殴打し、倒れた袴谷のポケットから財布を取り出し、返済金の一部として奪ってきた。...というのが一連の経緯であった。

 

しかし署での取り調べは、明らかに袴谷を擁護したものであり、武藤が一方的に強盗に押し入ったかのように進めらていった。

 

やがて武藤は起訴され、有罪となり実刑が課せられた。

 

小百合は刑務所で武藤との面会を重ねるうちに、理不尽さを感じ、袴谷のことを調べた。

 

すると被害者である袴谷は、警察庁の事務方トップ袴谷釜三郎の息子であることが分かった。

 

武藤を逮捕し、取り調べた担当刑事。

それが今、目の前にいる山際であった。

 

小百合は週刊誌にこの件を持ち込み、記事は来週発行される予定となっていた。


「あんた刑事なのか。...なら都合がいい。...2か月前に茅ヶ崎の公園で俺を集団で暴行した奴らは、まだ捕まっていないね。...どうなってるの?」

 

彰がそう言うと、山際は両手を挙げて笑いながら言った。

 

「はははっ(笑)...知らんなぁ。...あそこは所轄が違うもんでな。」

 

すると小百合が彰の横に立ち、口を開いた。

 

「ふざけないで!...」

 

上空では、上弦の月を黒い雲が覆い隠そうとしていた。

 

 

        【次回に続く】

 

 

 

 

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