その日の夕方、ようやく病院に着いた小百合は、彰がまだ緊急手当てを受けていると看護師から聞き、廊下の椅子に、うなだれるように座り込んだ。
「なぜ、こんな酷い事をされなければならないの?...彰さんが何をしたというの。」
もし山際刑事の仕業だとしても、小百合には思い当たる動機が全く見つからなかった。
窓の外は、すっかり暗くなり、病院の中も静まり返っていた。
やがて緊急処置室の扉が開き、ベッドに載せられた彰が顔じゅうに包帯を巻かれ、腕から点滴を受けたまま出てきた。
小百合は看護師に近づき尋ねると、看護師が言った。
「お身内の方ですか?」
小百合は答えに躊躇したが、咄嗟に「交際している者です。」と答えた。
看護師は一瞬無言になっていたが、「のちほどお呼びしますので、その時、詳しくご説明します。」と答え、去っていった。
「よろしく願います!」
小百合は、そう言って頭を下げ、見送った。
30分ほどして診察室に通された小百合は、担当した医師から彰の容態について説明を受けた。
医師は神妙な顔つきでカルテを見ながら、小百合に言った。
「かなり強い損傷を受けています。数週間後に退院しても何らかの後遺症は残ると思います。」
覚悟はしていたが、小百合の心は医師の言葉に衝撃を受けていた。
今回、何者かによる彰への暴行は小百合が地元警察に届けたことにより刑事事件として捜査が開始されることになった。
事件現場の公園には防犯カメラがあるが、彰によれば相手は皆、覆面をしていたらしく犯人の特定には、かなりの時間を要することが推測された。
「それでは、彰を宜しくお願い致します。」
小百合は、そう言って医師たちにお辞儀をすると、すっかり夜になった街へと歩いて行った。
「潮騒公園に行ってみよう。」
彰が暴行を受け、その後、小百合に電話をかけたその場所へ、小百合は実際に行って、その目で確かめてみたくなった。
タクシーに乗り、15分ほどで潮騒公園に着いた。
夜の公園は、所々に街灯があるとはいえ、なんとなく物騒な雰囲気を醸し出していた。
人の気配はないが、公園の木々が風に揺れ、サヤサヤと枝葉が音を立てていた。
小百合は外灯の下にあるベンチに座ると、彰の身になって事件当時の状況を想像した。
「なぜ、ここに来る前に私に確認をしてくれなかったの?...そうすれば相手に騙されていることが分かったのに。」
彰が気軽に電話できないほど、自分は彰を遠ざけてきたのかもしれない。
そう思うと小百合は、自分が元夫、武藤と再び接近することで彰と一定の距離をおいた為、結果として彰をこんな酷い目に合わせてしまったのだという自責の念に駆られた。
小百合は深く溜息をつくと顔を両手で覆い、暫しうつむいていた。
すると小百合は何か思い出したように携帯を取り、山際に電話をかけ始めた。
呼び出し音が7回鳴った時、山際が不愛想な声で電話に出た。
「もしもし、山際さんですか?...私、小百合です。...先日は拘置所の武藤との面会で大変お世話になりました。...実は突然のお話しで申し訳ないのですが、今夜、もしくは明日、お会い出来ますでしょうか?」
小百合の声は、あくまで優しかったが、その目は闇に光る野獣の目、そのものであった。
【次回に続く】
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