ショートストーリー1139 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」

「その気がないのなら、帰ってもいいのよ。」

 

純子は、そう言うと、シガーケースから煙草を1本取り出し、珍しく喫い始めた。

 

「昔から君の悪い癖だ。...なんでも早急に結論を出そうとする。...私は一言も君のことを嫌だとは言っていない。」

 

高志は憮然とした顔でそう言うと、当てつけのように「ゴホン!」と咳払いをしてみせた。

 

「あなたも、1本どう?」

 

やり返すように純子が、シガーケースを見せて言った。

 

「あいにく煙草は、もう10年以上前にやめた。金も減るし健康にも良くないし、百害あって一利なしだからね。」

 

高志がそう答えると、純子は横目で見ながら煙草を吹かし、「ふっ。...つまらない人。」と呟くように言った。

 

「あぁ、そうだろうな。...君から見たら、俺なんて堅物でクソ真面目で何の魅力も感じない男だろう。...それで結構さ。今さら自分を変える気もないのでね。」

 

高志は窓の向こうに見える高層ビルを見つめながらそう言った。

 

「あなたも変わってないわね。...そういう意固地なところ。」

 

互いに素直になれないまま、空白の時だけが無情に過ぎていった。

 

「今日は、これで帰るよ。...だからと言って君を嫌いになったわけじゃない。そこだけは言っておく。」

 

高志はジャケットの袖に腕を通すと、以前、純子から貰ったハンカチーフで額を拭った。

 

 

「それ、まだ使ってくれているのね。...」

 

意外そうな目をして純子が言った。

 

「うん。使っているよ。...大事にね。気に入っているんだ。」

 

その返答に純子は内心、嬉しさ半分、物足りなさを半分、感じていた。

 

「良かった。気に入ってもらえて。」

 

純子は力のない声で、溜め息交じりに言った。

 

「もうお互い、いい年なのだし、そろそろゴールを決めておかないか?」

 

二人でレストランから出る間際、意外にも高志が、そんなことを口にした。   

「えっ、ゴール?...どういうこと?」

 

 

なんとなく分かってはいたものの、純子は高志から確かな言葉が聞きたくて、そう尋ねた。

 

 

高志は黙ったまま駐車場の車に乗り込むと、助手席の純子にポツリと言った。

 

「いつまでも乾いた自由の中にいたいのか。...それとも多少の不自由と引き換えに、家庭という型に収まるのか。」

 

 

純子は即答せず、車は走り始めた。

 

 

右折や左折を繰り返し、時にはバックをし、時にはUターンをして、どこかに寄り道したり。...

 

まるで二人を乗せた車のように、高志と純子の愛も、いまだ迷走を続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

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