「その気がないのなら、帰ってもいいのよ。」
純子は、そう言うと、シガーケースから煙草を1本取り出し、珍しく喫い始めた。
「昔から君の悪い癖だ。...なんでも早急に結論を出そうとする。...私は一言も君のことを嫌だとは言っていない。」
高志は憮然とした顔でそう言うと、当てつけのように「ゴホン!」と咳払いをしてみせた。
「あなたも、1本どう?」
やり返すように純子が、シガーケースを見せて言った。
「あいにく煙草は、もう10年以上前にやめた。金も減るし健康にも良くないし、百害あって一利なしだからね。」
高志がそう答えると、純子は横目で見ながら煙草を吹かし、「ふっ。...つまらない人。」と呟くように言った。
「あぁ、そうだろうな。...君から見たら、俺なんて堅物でクソ真面目で何の魅力も感じない男だろう。...それで結構さ。今さら自分を変える気もないのでね。」
高志は窓の向こうに見える高層ビルを見つめながらそう言った。
「あなたも変わってないわね。...そういう意固地なところ。」
互いに素直になれないまま、空白の時だけが無情に過ぎていった。
「今日は、これで帰るよ。...だからと言って君を嫌いになったわけじゃない。そこだけは言っておく。」
高志はジャケットの袖に腕を通すと、以前、純子から貰ったハンカチーフで額を拭った。
「それ、まだ使ってくれているのね。...」
意外そうな目をして純子が言った。
「うん。使っているよ。...大事にね。気に入っているんだ。」
その返答に純子は内心、嬉しさ半分、物足りなさを半分、感じていた。
「良かった。気に入ってもらえて。」
純子は力のない声で、溜め息交じりに言った。
「もうお互い、いい年なのだし、そろそろゴールを決めておかないか?」
二人でレストランから出る間際、意外にも高志が、そんなことを口にした。
「えっ、ゴール?...どういうこと?」
なんとなく分かってはいたものの、純子は高志から確かな言葉が聞きたくて、そう尋ねた。
高志は黙ったまま駐車場の車に乗り込むと、助手席の純子にポツリと言った。
「いつまでも乾いた自由の中にいたいのか。...それとも多少の不自由と引き換えに、家庭という型に収まるのか。」
純子は即答せず、車は走り始めた。
右折や左折を繰り返し、時にはバックをし、時にはUターンをして、どこかに寄り道したり。...
まるで二人を乗せた車のように、高志と純子の愛も、いまだ迷走を続けていた。
懐かしのヒットナンバー
小比類巻かほる「City Hunter ~愛よ消えないで」