「もう再婚する気なんてないわ。ごめんなさいね。」
京香は、そう言うと、セカンドバッグを手に取り、席を立とうとした。
陽は射していながらも小雪舞う、岬に建つカフェ。
3年ぶりに逢った京香と、楽しい時を過ごした一日の最後に、和樹は胸に秘めていた想いを告白した。
しかし京香は、あっさりと断ったのであった。
「即答だね。...考える素振りも見せなかった。...」
和樹は苦笑いを浮かべながらも、その瞳に落胆の色を滲ませ、そう言った。
そんな和樹を見て京香は、深く椅子に座り直し、目を見つめて言った。
「即答したのは、あなたが嫌いだからとかじゃないの。...私、もう結婚生活ということ自体にウンザリしてしまったから。」
京香は、その二重の目を潤ませていた。
「結婚生活。...京香が今まで、どんな苦労をしてきたのか俺には分からないけれど、その気持ち、なんとなく俺にも分かるような気がする。」
京香の一途で優しい性格を知っている和樹には、彼女が前夫から理不尽で冷たい仕打ちのようなものを受け、耐えてきたことは何となく察することが出来た。
「昔、恋人同士だったとはいえ、久しぶりに再会したその日に、結婚を前提の告白をするなんて、俺どうかしているぜ。...ごめんな。京香」
和樹は、そう言うと京香に頭を下げた。
「ううん。べつに気にしないで。...私、夫婦っていう形式にたいして、ちょっとトラウマになっているだけだから。」
京香は、ようやく微笑むと、和樹を労わるようにそう言った。
「もし気が向いて、時間もあったら、また会ってくれるかい?...というか..これからも京香と会いたいんだ。」
和樹は真面目な顔で、京香を真っすぐ見つめ言った。
「ええ。もちろん。...お互い束縛せずに自由でありながら...それでも心は繋がっていられるような、そんな関係が私はいい。」
京香は、少しだけ照れたような眼差しで、そう言った。
「分かった。..俺、とても嬉しいよ。...ありがとう!京香」
和樹は昔のように無邪気な笑みを浮かべ、そう答えた。
「それじゃ私、母の介護があるから、これで。...今日は久しぶりに和樹さんに会えて、本当に嬉しかった。ありがとう!...」
京香は、ほのかに頬を赤らめながら、そう言った。
「うん。...俺も、君に会えて最高に嬉しかったよ。...また連絡するよ。今日は本当にありがとう!」
京香と和樹は席を立つと、握手をした。
和樹は握った京香の手を引き寄せ、抱き締めたくなったが、思いとどまった。
やがて京香は自分の車に乗り、岬のカフェから帰路についた。
去ってゆく車のテールランプを見送りながら、和樹は京香の言葉を心の中で思い出していた。
「心が繋がっている関係がいい。...心だけなのか。京香」
和樹は内心、複雑な思いを抱きながらも、前夫との関係で心に、なんらかの傷を負った京香を、尊重しながら優しく包むように愛していきたいと、心から思った。
懐かしのヒットナンバー
1986オメガトライブ 「You Belong To Him」