ショートストーリー1048 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」

10分遅れでやって来た、普通電車。
 

 

 

待合所の席で、車両を見つめているヤスオ。
 

 

 

腕時計を見ると、駅の壁時計より2分ほど早く進んでいた。
 

 

 

停車した電車のドアが一斉に開き、降りてくる老若男女たち。
 

 

 

その一人一人を、改札口で確かめるヤスオ。
 

 

 

人の波が改札口を通りすぎてゆくと、ヤスオは「ふ~~っ」と息を吐き、再び腕時計に目を向けた。
 

 

 

「やっぱり、乗ってなかったか。...」
 

 

そう呟き、駅から出た時、後方から呼ぶ声が聞こえてきた。
 

 

 

 

「ヤスオさ~~ん!...」
 

 

 

聞き覚えのあるその声は、ヤスオが待っていた朱美、その人であった。

 

 

 

ヤスオは振り返ると、笑みを浮かべ、立ち止まった。

 

 

「歩くの早いよ~!...」
 

 

 

 

「やっぱり、今の電車に乗っていたのか。...一応、待っていたんだぜ?」
 

 

 

 

「一番後ろの車両にいたから、遅くなっちゃって。...それに...」

 

 

朱美は、そう言うと、自分の右脚を見つめた。

 

 

 

そういえば朱美の歩き方は、どこか、ぎこちなく見えた。

 

 

 

「足、どうかしたの?」


心配になったヤスオが、尋ねた。


 

 

 

「ううん、別に大したことじゃないの。...ちょっと、ボルトで固定してあるだけ。」

 

 

 

「えっ?」

 

微笑みながら言った朱美の言葉に、ヤスオは驚きの声をあげ、更に訊いた。

 

 

 

「ボルトって。...それって、大けがをしたってことだろ?歩いて大丈夫なのか?」

 

 

 

 

「ケガをしたのは去年の秋。...術後半年も経っているし、担当医も毎日、歩いたほうがいいって言ってるから。...私にとって、デートもリハビリみたいなものよ!」



明るく、さらりと言ってのける朱美。


 

 

 

「そういうこと、すぐに俺に教えてくれなきゃダメじゃないか?...俺が前もって分かっていたら迎えに行ったのに。...」

 

 

 

「そういう余計な心配や気遣いを、あなたにさせたくなくて。...」

 

 

 

朱美は、そう言うと、ヤスオの隣りまで来て、そっと彼の腕を掴んだ。

 

 

 

「自分の彼女が手術をするほどの大ケガをしているのに。...それを余計なことだなんて思う男は、人間じゃないよ。...これからは隠さず、何でも俺に知らせてくれよ。...いいね?」

 

 

ヤスオは、そう言うと、朱美の頭を軽く撫で、微笑んだ。

 

 

 

「今、歩いていて痛まないのか?」


歩き始めると、ヤスオが訊いた。


 

 

 

「大丈夫。...多少の違和感があるだけで苦痛なことは無いの。」
 

 

 

少し右足を引きずるようにして歩く朱美の歩調に合わせ、ヤスオも、ゆっくり歩いた。

 

 

 

有名なアイスクリームショップに立ち寄ると、朱美の食べたいベリーのクレープアイスをオーダーし、二人は店の中のテーブル席に座った。

 

 

 

大きな窓から見える海岸線と国道。...

 

 

春の陽射しを受けて、サイクリングの人達が通り過ぎてゆく。

 

 

 

「どう?...足は痛む?」

 

 

 

「だから、全然へっちゃらだって!...そういうふうに心配すると思ったから、ずっと内緒にしていたの。」

 

 

 

そう答えた朱美の唇についているアイスクリームを、ヤスオは人差し指で、さり気なく拭った。

 

 

「ありがと。...私、子供みたいね。」


朱美が、はにかみながら言った。


 

 

 

「それでいいよ。...それが朱美らしさだもん。」
 

 

 

ヤスオは笑みを浮かべ、そう答えた。

 

 

 

「なぁ?...このお店に、レンタル自転車が置いてあるんだけど、乗らない?」
 

 

 

ヤスオが思い立ったように言った。

 

 

「そうなの?...でも私、自転車よりも歩くほうが楽かな。」

 

 

 

「大丈夫。...俺がペダルを漕ぐから。..君は、後ろに乗っていて。」



ヤスオの提案に、朱美は素直に「うん。」と答えた。


 

 

二人は、黄色い自転車に乗ると、春風と海風が交錯する草原への道を、ゆっくりと走り始めた。

 



「落ちないように、しっかり俺に掴まってろよ?」



 

 

「はい、はい。...安心して!」

 

 

 

ヤスオの声に、朱美は頼もしさを感じつつ、彼の背中に頬を当てた。

 

 

 

「彼の住む街へ、来て良かった。...」と、心から思う朱美であった。。。。



 

 

 

 

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