「私、結婚することになったの。...今日は、それを伝えたくて。」
秋穂は、そう言うと、グラスの中のレモンサイダーをストローで混ぜた。
「そんな話を聞かせる為に、わざわざ俺を呼び出したってわけ?」
勇二は、サングラス越しに上目遣いで秋穂を見ると、単調な声で言った。
「そんな話って。...これって、大事な話だから。」
秋穂は勇二の鋭い眼差しに耐えながら、少し怖気づいたような声で答えた。
「ふ~~ん。...大事な話ねぇ。...それは、秋穂にとって大事なだけで、俺には、なんてこと無いね。」
勇二は尚も淡々とそう話すと、ジャケットのポケットから煙草を取り出し、咥えた。
二人の間に重い空気が流れ始め、噴き出された煙草のニコチンが、その空気を更に重たくさせているようだった。
「今年の秋には、結納を交わす予定なの。...あと..」
秋穂が、そこまで言うと、その言葉を遮るように、勇二が声を荒げ言った。
「もういい!...さっきから言ってるだろ。俺には関係のないことだと。」
勇二の右手には拳が握られ、ゴールドの指輪には、カフェの蝋燭灯が映っていた。
「本当に、あなたには関係のないことなの?...私が結婚するってことは、もう今後、あなたとお付き合いすることは出来ないってことなのよ?」
真剣な目で勇二を見つめ、秋穂が言った。
「おかわり。...」
勇二は秋穂を無視するかのように、通りかかったウエイターに珈琲をオーダーすると、灰皿の短い煙草を口に運んだ。
「好きにしたらいいさ。...それは、あくまでも秋穂の考えだからな。...俺は誰になんて言われようと、俺の好きなようにやらせてもらう。」
煙草を揉み消しながらそう言うと、勇二は、その目に笑みを浮かべた。
「好きなようにって?...まさか。.....」
秋穂が表情を強張らせ、そう呟くと、勇二は更に口元をほころばせ、「その、まさか。...ってことさ。」と、答えた。
秋穂は額に手を当て、うつむくと、無言になった。
「おい、珈琲まだかよ?...」
困惑する秋穂をよそに、通り過ぎようとしたウエイターに催促をする勇二。
「すみません!すぐお持ち致します!」
秋穂は、ウエイターの声を聞きながら、深い溜め息をついた。
「結婚する私と、これからも以前のように付き合っていけるとでも思っているの?」
顔を上げた秋穂は、やや感情的になって、そう尋ねた。
その時、2杯目の珈琲が届くと、勇二は、まず珈琲をひと口飲み、「は~~っ」と、小さな声を漏らした。
「その男、どこの誰だか知らないが、俺のほうが秋穂のことは、よく知っている。...ず~~っと前からな。..その男が知る訳もない、お前の全てを。...」
そう答えた勇二の目が、サングラスの中で、一瞬ギラリと光を放ったように秋穂には見えた。
「この人、私から離れないつもりだわ。...たとえ人妻になっても。」
秋穂は勇二の目を見て、そう悟った。
その瞬間、背筋に僅かな電流が走ったように感じた。
「さぁ~てと。...大事な話は、もう終わっただろ?...そろそろ、この店を出ようぜ。」
「えっ?...ええ。」
秋穂は勇二に促されるまま、そう返事をした。
店を出ると、星の見えない空に、航空機の点滅灯が静かに横切ってゆくのが見えた。
「もうすぐ春だというのに、まだ寒いよなぁ。...秋穂、今から美味いもんでも食べに行こう。...お前が好きな河豚鍋でも喰いに行くか?」
愛嬌のある笑顔で勇二にそう言われると、秋穂は拒むことが出来なかった。
駐車場の車まで、勇二は秋穂の肩を抱き、歩いた。
勇二に抱き寄せられ、抗うことも無く歩く秋穂...。
婚約者にたいし背徳の念を抱きつつも、強引な勇二の温もりから離れられそうにない秋穂であった。。。。
懐かしのヒットナンバー
薬師丸ひろ子 「語りつぐ愛に」