「私と別れられるとでも思ってるわけ?...ふふっ、甘いわよ!」
裕子は、そう言って不敵な笑みを浮かべ、ゴールドのシガレットケースから煙草を1本取り出すと、金無垢のライターで着火した。
「ふ~~~...あなたも1本、どう?」
グロスで濡れた魅惑的な唇から紫煙を噴きながら、裕子がシガレットケースを差し出し、言った。
「私は結構。..生憎、禁煙中でね。...それに煙草も以前に比べ、だいぶ高くなったからね。」
「あら、そうなの。...けち臭い理由ね。...煙草ぐらい買ってあげましょうか?」
道雄の返答に、裕子は長い髪を撫でつけながら、そう返した。
「どう足掻いても、君と別れられないというのなら、彼女を連れて駆け落ちでもするかな?」
道雄は、独り言のようにそう言うと、腕時計に目をやり、ホテルの窓ごしに海を見つめた。
「ふふっ、面白いこと言うじゃない。...」
そう言って、裕子は、ベッドサイドから立ち上がると、窓際にいる道雄の背後に立ち、耳元で囁くように言った。
「あなたに、出来るかしらね?...そんな大胆なこと。...ふふっ」
その言葉に道雄は振り向くことなく、ただ黙っていた。
すると裕子の腕が背後から道雄の胸や腹に伸び、愛撫のように弄り始めた。
やがて、裕子の手が道雄の首筋を伝い、唇を弄び始めた時、道雄は、その手を強く掴み、振り返った。
「どういうつもりだ?...さっき抱いたばかりだろう。」
道雄が手を離すことなく言うと、裕子は笑みを浮かべ言った。
「だって、あなたが変なこと言うから。...浮気相手と駆け落ちするだなんて。...」
裕子は道雄の目をじっと見つめ、空いているもう一方の手で、道雄の腰を擦り始めた。
「いい加減にしないか!」
道雄は強い口調でそう言うと、裕子をベッドに突き飛ばした。
裕子は抗うこともなく、ベッドに倒れると、そのまま起き上がろうとはしなかった。
「ねぇ?...私のこと、本当に嫌いになったの?」
寝たままの裕子が、真顔で言った。
「あぁ、...もう、君への愛は冷めたよ。」
道雄は立ったまま、見下ろすように裕子を見つめ、答えた。
「ふ~~ん。...それじゃ、さっきは愛も無いのに私を抱いたってわけね。...最低。」
見上げながらそう言う裕子の顔には、含みの感じられる微笑が浮かんでいた。
裕子の言葉に、何も返せない道雄。...
「結局、体が目的なだけの恋か。...そんなの恋なんて呼べるような代物でもないけど。...」
呆れたような口調で、裕子が呟いた。
視線を外した道雄に、裕子は尚も続けた。
「可哀想に。..今度の女も、肉体に飽きたら捨てられるのね。...今の私みたいに。」
裕子は、そう言うと、ゆっくり立ち上がり、顔を近づけて言った。
「逃げないで、こっちを見なさいよ。...私に図星なことを言われて、返す言葉もないんでしょ?...どうなのよ!?」
すると道雄は裕子を見つめ、その両腕を強く掴むと、言った。
「もう一度、言ってみろ。...さぁ!言えよ!」
すると裕子が口を開く間もなく、道雄は口づけで裕子の口を塞ぎ、強く抱きしめたのであった。
裕子は微塵も抵抗せず、むしろ腕を背中に回して道雄を強く抱き寄せた。
熱く激しい口づけをしたまま、二人は、なだれ込むようにベッドへ横になった。
やがて首筋を伝い始めた道雄の唇や舌先を感じながら、裕子は小さく呟いた。
「だから言ったじゃない。...あなたは、私と永遠に別れられないって。...」
その声が聞こえたのか、道雄の愛撫は更に激しさを増していった。
5日後...。
道雄の新しい恋人・百合絵は、温泉旅行の為、道雄と約束した待ち合わせ場所のレストランにいた。
「遅いなぁ。...遅れる時は必ず電話か、メールをくれる人なのに。...道雄さん、どうしちゃったのかなぁ?」
百合絵は心配そうな顔でそう思いながら、道雄の携帯に、メールを送った。
その時、とあるホテルの一室...。
激しく愛し合う道雄と裕子の声が、テーブルに置かれた携帯のメール着信音を、かき消していた。。。。
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