人の世は現実と非現実の、せめぎ合いなのかもしれない。
よく似た者同士ほど、ぶつかり合い、折り合わないことがある。自分と対照的な相手ほど、妙に惹かれてしまうことがある。。。
そんな世間の人間模様は、傍から見れば時に滑稽であり、時に悲哀を滲ませてもいる。
一人の女がいて、その女に一人の男が惚れる。そんな不可思議かつ自然の摂理にもまた、滑稽さと悲哀が色濃く忍び込んでいるのだ。
街外れにある運動公園の一角に、とある男と女が逢引をしている場所があった。もう三十路を越えたというのに、交際を始めて5ヶ月経った今でも女の手にさえ触れていない男。
そんな男の意気地なさに、苛立つミユキであった。
ミユキには数々の恋愛遍歴があるが、こんなにももどかしい男は初めてであった。苛立つぐらいなら、その男をふってしまえばよい。
だが今回は、なぜか思いとどまるミユキ。。。
過去の恋愛でも、交際数ヶ月ほどで何人もの男をふってきたミユキ。こらえ性がないと言えばそれまでだが、良く言えば自分の気持ちに正直に生きている、そんなミユキであった。
その日もミユキは、いつもの場所でその男と会う約束をしていた。チェックのワンピースに若葉色のカーディガン、麻の帽子を被って家を出たミユキは、なぜか、いつになく上機嫌な自分を不思議に思った。
「恋を終わらせたいという想いもない。かといって彼に夢中というわけでもない。。。なんなの?この微妙な感覚は...」
小川のせせらぎと初夏の風を素肌に感じながら、野花が咲く遊歩道をミユキは歩いてゆく。。。
当たり前の青い空と、当たり前の白い雲。その景色さえも、瑞々しく心に響いてくる。感性が研ぎ澄まされるというより、活き活きしている感じ。。。
今の男と交際を始めてから、確かに変化している自分が、ちょっとだけ嬉しいミユキであった。
大通りの交差点を渡り終えると、運動公園が目の前。正門から入って芝生の上を歩いてゆくと、200mほど先に、テニスコートが4面ある。その隣にあるベンチに、いつもその男が待っている。
しかし、その日に限ってベンチに人影は、なかった。約束した時間の10分前には必ず居てくれる筈の男がいない。。。
「なにか、アクシデントでもあったのかな?...遅れるなら、メールしてくれたらいいのに...」
ベンチに一人座り、携帯を見つめながらミユキは、そう思っていた。
急に目の前の木立が風に吹かれ、ざわめき始めた。太陽が急ぎ足の雲に隠されて、公園全体が薄暗くなった。頬を伝う風は、無愛想なエリートのようにミユキの心を寒々とさせた。
腕時計の長針は3を指し、ミユキの脳裏に男の顔を思い浮かばせた。
今まで交際した男達の中で、これほど約束の時刻を遅れた者はいなかった。ミユキが遅れることは、あっても、男が遅れることは、ほぼ皆無であった。
それは、ミユキが几帳面でマメな男を好むからかもしれない。今度の男も例外なく同じタイプであった。
それなのに、大きく遅刻しているという現状に、ミユキは胸騒ぎにも似た不安を抱き始めていた。
「来るよね?...絶対来るよ。..だって、相手は、この私だよ?..引く手あまたの私だよ?それは冗談として、でも彼が、無断でデートをすっぽかすわけないよ...ね?」
ミユキは、まるで誰かに語りかけるように、心でそう呟いていた。それは湧き上がる不安を打ち消すための、ささやかな抵抗であった。。。
一向に、雲間から顔を見せない太陽。。。。体を打ち続ける冷たい風。。。。乗り手のいない揺れるブランコ。。。
ミユキは、まだ現れぬ男にメールを打ち始めた。
「あと5分だけ、待ってるからね...信じてる」
その時、ようやく雲間から、太陽が眩しい笑顔を覗かせ始めたのだった。。。。
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飯島真理 「瞳のスクリーン」