海岸線を這うように通っている、夕暮れのハイウェイ。
古いシトロエンのハンドルを握りながら、マサルは、そう言った。助手席で煙草をふかしながら外を見ているカズヤは、そんな言葉を聞きながら、面倒臭そうな表情を浮かべ耳の穴をほじくった。
![$丸次郎「ショートストーリー」](https://stat.ameba.jp/user_images/20120308/22/23234123/16/7c/j/t02200155_0800056211840120902.jpg?caw=800)
やがて車は、カズヤの妻が営む海岸通り沿いの喫茶店に到着した。
その喫茶店に昔の仲間達が久しぶりに集まり、夜通し語り合ったのであった。。。
二十歳の頃、共に街で悪さを繰り返していたマサルとカズヤ。地元警察から愛称で呼ばれるほど、二人の顔は知れ渡っていた。
翌日の午後、マサルは自分の家に戻ると、そのままベッドに倒れこみ、朝が来るまで眠り込んだのだった。
そして翌朝。...街の一角で強盗事件が起きた。ちょうど朝食を買う為に、コンビニへ向かって原付バイクを走らせていたマサルは、追っ手から逃げている強盗犯と路地の交差点で鉢合わせした。
右手にジャックナイフを持ち、野球帽を深く被った屈強そうな男を見て、マサルは、すぐに犯罪者であると察知した。
それは、手にしているナイフだけでなく、その男が醸し出している殺気だった負のオーラが、以前の自分と似ているからであった。
マサルは一瞬、男を取り押さえるか否か、躊躇した。
それは、もうこういった類の人間達とは、二度と関わりたくないというマサルの根底にある意識が、ブレーキをかけたからであった。
小さな交差点の角を曲がって、マサルのすぐ脇を一目散に走り過ぎて行った男。。。
マサルの心のブレーキを解除したのは、男が手にしていた凶器であった。追い詰められた人間が凶器を手に街中を逃げ回っていれば、いずれ誰かが傷つけられるかもしれない。。。その思いが、マサルの正義感を奮い立たせたのであった。
マサルは片足を地に着けて原付を傾かせ、アクセルを開くと、原付バイクを180度ターンさせた。
そして、逃走している男目がけて走り出した。被害にあった店の人間が呼んだと思われるパトカーのサイレンが、寂れた路地裏にも聞こえてきた。
男はサイレンから逃げるように、店と店の間にある細い通路へ入っていった。
街を知り尽くしているマサルは、その通路を通り越し、先にある交差点を左折すると線路沿いの砂利道に入っていった。
砂利道を塞ぐようにして原付バイクを停めると、マサルはバイクから離れ、ポリバケツの陰に身を潜め、やがて正面からやって来るであろう逃走男を待った。
男が入り込んだ通路は、マサルのいる場所へと繋がっていた。先回りしたのである。
男の走ってくる足音が徐々に大きくなり、こちらに接近して来ていることを教えていた。マサルの鼓動は高鳴っていたが、気分的には自分でも驚くほど落ち着いていた。
男の息遣いまでもが聞こえるほど接近してきた時、マサルはポリバケツの陰から、ゆっくり立ち上がった。
逃走男とマサルは、5mほどの距離を置いて向かい合った。男は口を硬く閉じたまま、無言でマサルを見つめていた。その瞳は暗闇の中でも充分に威光を放っていた。
「なんだ、てめぇは!」
男は中腰になってジャックナイフを突き出すと、低い声でそう言った。
「俺も、あんたと同じようなもんだった。。。ほんの数年前まではな。誰も傷つけていないようだな。。今、自首すれば軽罪で済む。俺と警察に行こう。。。な?」
マサルは両手を開いて丸腰であることをアピールしながら、穏やかな口調でそう言った。
男はマサルの説得に対し、素直に納得したかのように頬を緩ませると、「分かった...」とだけ呟くように言った。
ジャックナイフをこちらに手渡すようにと、マサルが右手を差し出すと、男は静かに頷き、マサルのほうへ一歩、二歩と歩み寄っていった。
そして、マサルの右手のひらにジャックナイフを置こうとした瞬間だった。。。男は、いきなりマサルに抱きついた。
「お、お前...俺に..嘘ついたな?....ちくしょう..いてぇーなぁ...腹がいてぇーよ...なぁ?..お前の心もいてぇーよな?...バカだな...お前は..」
男は耳元でそう呟くマサルから離れると、震える右手で握っている血のついたナイフを、その場に捨てて走り去っていった。。。
狭く暗い通路にうつ伏せで倒れたまま、マサルは走り去る男の足を見つめていた。やがて目の焦点が合わなくなり、薄れてゆく意識の中で、マサルの脳裏には遠き日の仲間達との光景が走馬灯のように浮かんでいた。。。
「カズヤ...もう、奥さんを泣かせるなよ...今まで、サンキューな...ありが..とう」
マサルは最後にそう呟くと、その瞳を永遠に閉じたのであった。
その日の午後、降り始めた季節外れの雪は、夜遅くになっても哀しげに降り続けていた。。。。。
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松田優作 「夏の流れ」