ショートストーリー592 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」
権力を後ろ盾にして、意気揚々と人生を歩んでいる女がいた。
その女が、どんなに我が儘なことを言おうが、周りの者達は素直に聞き入れて従った。

それは、その女が怖いからでも偉いからでもなく、その女の背後にいる権力者からの仕打ちを恐れてのことであった。。。


女の名は、由加子といった。霞ヶ関テレビでキャスターを務めている。由加子が司会を務めている深夜のニュース番組は、平均15%という高視聴率を出していて、同テレビ局の看板番組になっていた。


由加子は他の社員達が、一日平均10時間以上勤務しているのとは対照的に、番組が始まる2時間前に出勤していた。そして局内では会長、社長、重役に次ぐ破格の年収を得ていた。

それもこれも、由加子と肉体関係にあり寵愛している霞ヶ関テレビ会長ら幹部の特別な計らいによるものであった。


そんな由加子に対し、従順に対応する周囲の者たち。。。いつしか由加子は、自分が優秀で偉大な権力者にでもなったような錯覚に陥っていた。


秘密主義者である由加子は、テレビ局の幹部以外の者には住所や電話番号は勿論のこと、携帯のメルアドさえ教えていなかった。

由加子は自分の収入やポストを考える上でプラスになるような立場の者しか、まともに相手にしない傾向があった。


ある夜、スタジオ入りした由加子に、番組ディレクターの村崎が、その日のニュース原稿を手渡しながら言った。

「由加子さん、今日もお美しいですね!うちの嫁と大違いですよ。...もっと早く、由加子さんに出会いたかったなぁ!」


「なに馬鹿なこと言ってんの?...私にだって選ぶ権利があるわ。..あんた、あいにく私の趣味じゃないの」


媚びへつらうディレクターに目も向けず、原稿に目を通しながらそう言うと、由加子はニュース原稿を棒状に丸めてディレクターの頬を叩き、叫んだ。

「村崎!...あんた、何度言ったら分かるの!?..なんカメを見ればいいのか、書いてないじゃない!..この私が見たくて視聴者どもは、チャンネルを霞ヶ関テレビに合わせるのよ!私の視線と視聴者の視線が合って、視聴者は喜ぶのよ。キモいけど。...だから、このニュースの時は、何カメで私を撮るのか、ちゃんとここに書いておきなさいよ!..あんたって、ほんと使えないんだから!」


「はっ、はい!...本当に、本当にすいませんでした!このとおりです!お許しくださいっ!」

由加子に怒られたディレクターは、その場で土下座をすると、おでこをスタジオの床に擦りつけながら謝罪した。


太ももが露になった白くタイトなミニスカートと、丈の短い白いジャケット。セクシーで尚且つ仕事が出来るカッコいいキャリアウーマンをイメージした由加子の衣装。
その由加子の足元で、ひれ伏すディレクター。。。

その異様な光景は、番組視聴者には想像すら出来ない由加子の裏の顔であった。。。


「土下座すれば、何でも許される。..村崎!..あんた、そう思ってるでしょ?..前のディレクター..なぜ博多支局へ飛ばされたか、あんた知ってる?」

腕を組み、仁王立ちした由加子は、白いハイヒールの前で顔を伏せているディレクターの後頭部を冷ややかな目で見下ろしながら、そう言った。


村崎は顔を上げて由加子を見上げると、捨てられた小犬のような顔で答えた。

「いいえ、分かりません。...ただ、あくまでも私の推測ですが、たぶん、由加子さんの顔に泥を塗るような無礼な事をしたからだと思います」


ディレクターの言葉を聞いた由加子は不敵に微笑むと、光沢のある唇を開き言った。

「うふふっ(笑)...あんた、前のディレクターよりは、少しは使えそうね。..前のディレクターはね、私の礼儀作法が出来てないと言って、私を注意したのよ。..だから会長に言って飛ばしてもらったの。...私にたて突くようなウザい奴は、消えてもらうからね!..私に反論する者は、容赦なく左遷、最悪の場合...村崎!..言ってごらん」



「さ、最悪の場合..ですか。...クビですね?」


「そうよ!...村崎、あんた勘がいいじゃない。...あはははっ(笑)」


霞ヶ関テレビの会長や社長、重役らと肉体関係を持ち、それぞれと愛人契約を結んでいる由加子は、その代償として破格の高額年収と、何年経っても降板させられる事がない番組メインキャスターのポストを手に入れたのであった。


今夜も番組の放送が始まり、テレビ画面には澄ました表情の由加子が大きく映し出されていた。

$丸次郎「ショートストーリー」

編集室で、そのモニター画面を見ながら、番組関係者が呟いた。

「あんなに上品ぶって澄ました顔して、この放送後は運転手つきの会長専用リムジンで、黒坂にある高級ホテルに向かい、そこのVIPルームに会長と明日の午後までご一泊だそうだ。...まったく、あの女を潔癖で優秀で敏腕の美人キャスターだと思いこんでいる視聴者たちが不憫に思えてくるぜ。..こんな汚れた裏の顔を知ったら、視聴者も怒るだろうな...」



その頃、由加子は村崎ディレクターが書いた原稿の言葉を、優しく微笑みながら2カメに向って言った。


「明日の朝は、とても冷えそうです。充分に気をつけて、お出かけください。...それでは、また」


その日の番組放映が終わり、CMに入ると、由加子は手で口元を隠しもせずに大きな口を開けてあくびをし、スタジオから出ていった。。。。









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