「ただいま。。。悪いな、いつも迎えに来てもらって。。」
連休を利用し、赴任先の沖縄から帰ってきた信幸は、空港ロビーまで迎えに来た恋人の秋恵を見るなり、そう声をかけた。
「お帰りなさい。。。少し顔が、ふっくらしたみたいね」
秋恵は信幸から手さげ袋を受け取ると、顔を見ながらそう言った。
「あっ、そう?。。。最近、深夜まで残業続きで、小腹がすくとジャンクフードばかり食べていたからかも」
信幸はトランクケースを引きながら、片手で頬をさすり、そう答えた。
「お前、化粧が派手になったな。。。」
そう言いたい信幸であったが、久しぶりの再開を気分よく過ごしたいと思い、言葉を呑み込んだ。
遠距離恋愛の二人。。。まだ将来のことは白紙のままだが、今は、お互いの生活を尊重し、適度な距離感を保ちながら交際を続けてゆこうと互いに思っていた。
空港ロビーから出ると、二人は秋恵の車が停めてある駐車場へと向かった。
「ねぇ?...お土産、買ってきてくれた?」秋恵が子供のような眼差しを信幸に向け、訊いた。
「土産?...俺はな、沖縄に遊びに行ってる訳じゃないんだぞ。。。そんな物、ないよ」
秋恵の思いに反して、信幸は素っ気ない口調で、そう答えた。
「偉そうに。。。私、あなたに何か酷いことでも言った?...ただ、お土産は?って訊いただけじゃない。。。」
「今日は何があっても、信幸に反論しまい」と、誓って家を出てきた秋恵であったが、信幸に会えた安堵感も手伝ってか、正直な感情が口をついて出てきたのであった。
秋恵の言葉に、信幸は一瞬、厳しい視線を向けたが、すぐに前方を見て、こう答えた。
「ごめん...今、疲れてるんだ。。。だから、少し気が立っているのかもな。。。今朝、那覇空港に向かう直前まで、顧客と打ち合わせをしていた。昨夜は一睡もしていない」
信幸は秋恵の半歩前を歩きながら、視線を合わすことなく淡々と、そう言った。そんな信幸の姿が、秋恵には妙に腹立たしく感じられた。
「俺は日々、多忙で疲れてる。。。お前は日々、気楽で気ままに暮してる。。。そう言われてる気がするわ。。。」
秋恵は自分でも大人げないと思いながらも、感情のままにそう言い放った。信幸は、そんな秋恵の言葉に何も答えず、ガムを噛みながら歩き続けた。
空港から飛び立ったばかりの旅客機が、轟音を響かせながら二人の上空を通過していった。。。
「あ~ぁ...私も沖縄、行っちゃおうかなぁ~...」
秋恵は空を見上げながら、大きな声でそう言うと、横目で信幸の横顔を見た。信幸は空を見上げることもなく、前を見て黙々と歩いていた。
「やっぱり、長いこと会えないと、お互いの心が、だんだん離れていってしまうのかな。。。」
秋恵は信幸の日焼けした逞しい腕を見つめながら、心でそう呟いた。
やがて、秋恵の愛車まで辿り着くと、秋恵は車のトランクを開けた。信幸は荷物を入れると秋恵の肩を優しく叩き、言った。
「俺が運転しよう。。。」
「え?....だって信幸、疲れてるんでしょ?...危ないよ。私が運転するから、信幸は助手席で休んでて」
「大丈夫だよ...飛行機の中で眠ってきたから。。。」
その言葉に、秋恵は車のキーを渋々手渡すと、助手席に乗り込んだ。
都会の街並みの中を走りながら、ふと思いついたように信幸が口を開いた。
「秋恵...来ないか?...沖縄に」
いつ帰ってこられるか分からない沖縄での勤務も、すでに4年目を迎えていた。そんな中で数少ない逢瀬を重ねながら続けてきた二人の恋。。。
この状況下で、今後も愛を育んでゆくのは、かなり困難であると感じ始めていた秋恵にとって、信幸のこの言葉は、お互いを繋ぐ一本の糸のように思えた。
「いいの?...沖縄に行っても...。信幸と暮してもいいの?」
「うん...秋恵が東京での生活を捨てる覚悟があるのなら、俺は、いつでも待ってるよ...」
ハンドルを握りながら、前を見てそう語る信幸の横顔は、先ほどより少し優しくなったように秋恵には感じられた。
今の秋恵にとって、東京暮らしで得られることの全てよりも、沖縄で信幸と共に生きることのほうが、遥かに大切であった。。。。
「ありがとう..信幸..私、沖縄に付いて行きます。。。」
秋恵は、信幸の横顔を見つめると、静かにそう答えた。その返事に信幸は、ようやく嬉しそうに微笑むと、秋恵を見つめた。
「土産なんて、ない...」と、素っ気なく答えた信幸であったが、ジャケットのポケットには、今夜、秋恵に手渡すエンゲージ・リングが小箱に包まれ入っていた。。。。
懐かしのヒットナンバー
カルロス・トシキ 「夏のポラロイド」