ショートストーリー552 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」
他の人から見て、子供騙しのようなことでも、二人にとっては大切なことだった。

制限された窮屈な環境の中で、唯一、二人が愛を確認する手段だった。。。

許されない愛。認められない愛。。。だからこそ燃え、熱くなってゆく事もある。二人は、いつも自信と不安と背徳の情を心に内在させながら、手探りで愛を繋げてきた。

$丸次郎「ショートストーリー」

真夜中の街。。。数百万の人々が暮すこの街も、静かで優しい時間を迎えた。在り来たりの言葉や仕草が、無表情な仮面を行き交い、マニュアル化された感情が、今日もタイマーどおり、オフになる。。。


着飾った貴婦人が高価な香りを漂わせ、ハイヒールの音も高らかに、夜な夜な高層ビルへと消えてゆく。
風吹きすさぶ路地裏では、ダンボールの住居に身を収め、一杯の酒を少しずつ飲んでは暖を取る人がいる。

頭上には、利益の代償であるガスや毒が覆い被さり、見事なまでに星のない空虚な空を作り出していた。そんな中、夜間飛行のジェット機が、我が物顔で通過してゆく。。。


「あんた、ちょっとでいいから、そのパン、分けておくれよ。。。」

「嫌だね!。。。これは、今日やっとありつけた食事なんだ!」

「この前、あんたに弁当分けてあげたろ?」

「仕方ないでしょ!今は自分の分しか、ないのだから」


そんな言い合いが、北風と共に耳に届くと、痛めた脇腹が疼き始めた。コートの襟を立て、マフラーを巻いても、体が芯から冷えてゆくような、そんな夜だった。

油の切れたギスギスした歯車の中で、富と貧が無言のまま、回り続ける世界。声を上げても、その声は歯車の冷たいリズムに掻き消されてゆく。。。

歩を進める自らの足音が、己のただ一つの命を証明し、犠牲の上に成り立つ、子供じみた殺風景な幾何学模様の街並は、やがて更に深い闇へと消えてゆく。


午前0時。。。辿り着いた棲家で熱いシャワーを浴び、残っていた豆乳を温め、インスタントコーヒーの粒を放り込んで胃袋に流し込むと、脇腹の疼きは大人しくなった。

留守番電話の声を終いまで聞かず消去してゆく時、薄っぺらな人間模様が、やけに可笑しく思えた。

「あの声の主は、パンを分けてもらえたのだろうか?」

冷えたベッドの中で、冷えた体を丸めながら、そんな事に思いを馳せる。見ず知らずの他人の声。でも、いつも会ってるシルクスーツのアイツより、俺には身近に感じられた。

愛なんて、錯覚と誤解が作り出す奇跡だと、昔の恋人が夢の中で囁く。その声は当時のまま、妙に艶かしく、誘惑的だった。

二度と戻れない遠い過去から、今の俺にアドバイスする健気な女。。。「いい女だった...」なんて今さら後悔させるほど、「いい女」だった。。。


丑三つ時の鐘が鳴り、俺は目を覚ました。サイドテーブルに置いたキャメルのソフトケース。手で握れば2、3本の感触。。。オイルライターで大きな炎を起こし、咥え煙草に着火する。

シェードランプが灯る薄暗い部屋に立ち上る紫煙の先に、今でも関係が続いている女の顔が、ぼんやり浮かんだ。

「愛してる...」

そう、その言葉に偽りなんて微塵もない。。。己を着飾る為の嘘は、吐けば吐くほど、己の品性を汚してゆくことを、あの頃の彼女が身をもって俺に教えてくれたから。

だから、それ以来、愛に関して嘘は、つかないと心に決めた。その決意は、辛うじて今も守られている。。。

男も女も、相手次第で向き合うスタンスが変わってゆく。。。

「少なくとも今、そしてこれからも、お前だけを愛してゆく」

そんな気障な台詞を、一人のベッドで小さく呟いた時、キャメルの味が苦味を増し、俺はビールの空き缶に吸殻をねじ込んだ。。。


あと数時間後...。日が昇ったら、いつもの仮面を破り捨てて、アイツに会いにゆこう。

この不自然な街で細々と、健気に、真っ直ぐに生きているお前に。。。洒落た手土産なんて持ってゆけないけれど、冷たく渇いたコンクリートの中で、心照らす微かな光には、なれる筈さ。。。


踵が磨り減ったデッキシューズを履いて、眩しい陽射しの中を潜り抜け、笑顔の裏で凍えているお前に、会いにゆくから。。。。
I want to give you love and an ease....








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