ショートストーリー554 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」
「その街には、年に4日間だけ営業している店がある...」

そんな噂にも似た情報が、小野寺の耳に飛び込んできたのは、今年9月のことだった。。。

その店の営業日は、いつなのか?知る者は、誰一人いないという。

小さな出版社で雑誌記者をしている小野寺は、その「幻の店」を徹底取材すべく、準備に取り掛かった。

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店名、所在地、電話番号、経営者の名、取引先など、とりあえず店の基本情報を収集し始めた小野寺であったが、どんなに調べても有力な情報を得ることが出来なかった。


電話帳にもネットにも住宅地図にも店名の記載はなく、唯一入手していた店の外観写真を役所に持って行き、なんとか住所を知ることが出来たのであった。

住民課・課長という肩書きを持つ男に、小野寺は尋ねた。
「この写真のお店...年に4日しか開いてないとの噂なのですが、課長さん、ご存知ですかね?」


「この店があった場所は、たしか5年ほど前までは小さな古本屋でした。...で、そこの店主だった方がね、バブル時代に投資したレジャー開発事業が破綻しましてねぇ...配当金を当てにしてた店主、結局は多額の借金を抱えてしまって、ある日突然、夜逃げしたらしいんですよ...」

住民課課長は、ビヤ樽のような体で息を弾ませながら、そう答えた。

「なるほど..開発事業が右肩上がりなら、店主も今頃、配当金でビルのオーナーだったかも知れませんなぁ...。一寸先は闇か...その店主、バブルという名の幻想社会の中で、己を見失ったんでしょうなぁ...」

小野寺は独り言のようにそう呟くと、店の住所をメモし、役所をあとにした。


住所を頼りに店に向かって歩き続けると、やがて街の喧騒から遠ざかり、ひっそりとした商店街に出くわした。

アーケードに掲げられた看板には、ペンキが所々剥がれた文字で「ユートピア商店街」と記されていた。

左右の沿道には20店舗ほどが軒を連ねているが、その全てが店を閉じたままの姿で佇んでいた。どの店も、シャッターにはスプレーで落書きがされ、ガラス窓は割られていた。

「これじゃ、まるで廃墟だな...ユートピアという名には程遠い...」

人の気配どころか、犬猫の類すらいない商店街は、日の光も差し込まず、そこだけが異様な空気を漂わせていた。。。


歩道に散乱するヌード雑誌や、空き缶...路肩に駐車している車は、どう見ても昭和50年代のクーペで、窓ガラスはおろか、タイヤも全て外されていた。


小野寺は恐る恐る車の中を覗くと、助手席には、とうに他界している俳優の若きアイドル時代のプロマイドが一枚、落ちていた。

「いったい何年前から、ここに停まってんだ?..この車は...。」

小野寺は、この商店街自体が、時代から取り残され、正常な時空から分離した異次元空間にあるかのような錯覚を感じ始めていた。


目の前の電柱に貼られている住所ラベルの番地を見ると、まさしく役所で教えられた店の住所と同じ場所に自分が来ていることが分かった。


写真と辺りを見比べながら、店を探す小野寺の目に、一人の老婆が入り込んできた。

「さっきまで、誰一人いなかった筈なのに...」
小野寺は背中に寒気を覚えながら、老婆と目を合わると、軽く会釈をした。


老婆は目が悪いのか、反応せず、ただ小野寺の顔付近を見ているようであった。小野寺は、写真の店について尋ねてみようと思い、老婆に歩み寄っていった。


すると老婆は、丸めた背中を急に伸ばして目を見開いて叫んだ。

「おまえ、ここに何しに来たぁ~~~!何しに来たんだぁ~~~!」


老婆の叫び声は、何故か洞窟の中から聞こえてくるようにエコーが掛かっていた。そしてその小さな老体からは想像もつかないほど、凄まじく大きな声であった。


その声は風圧となって襲い掛かり、小野寺は思わず体をよろめかせながら二、三歩後退した。

「お婆さん、聞いてくれ!...俺は決して悪い者なんかじゃない...ただ、ある店を探しに、ここまで来たんだ!...話を聞かせて下さい!」

小野寺は風圧に顔をしかめながら、負けじと大きな声で老婆にそう叫んだ。

すると風圧は急になくなり、老婆は、もとの背を丸めた柔和な姿に戻ったのであった。


老婆は小野寺が店の写真を見せるまでもなく、すでに小野寺の心を読み取っているようで、こう答えた。


「山田さんはな、、、黒塗りの高級車で都会からやって来た奴らに、根こそぎ財産をむしり取られた挙句、たった一人の娘さんまで、借金の形に奪われたのさ...」


「山田...さん?..つまり、古本屋の店主ですね?」


「他に誰がいるんだい!?...土地開発名目でこの商店街は皆、そいつらに滅茶苦茶にされたのさっ!...その時、奴らのバックにいた国会議員は、今、のうのうと首相をやってる黒腹安男だよ!」

小野寺を睨んでいる老婆の目は、闇に光る黒豹の眼差しのように鋭かった。


「この老婆の話が事実ならば、役所の住民課課長の説明は虚偽だったことになる。。。。土地開発の名の下、黒腹代議士に指示された裏組織の連中が、商店街の店主らに強制退去を迫り、暴力的で非合法的な手段を用いて、店主らを追い払った。
しかし土地開発が何らかの理由で途中頓挫し、結局この商店街は食い散らかされたまま放置された。。。
当時、裏で糸を引いていた黒腹は、今や首相。。。汚れた権力者の悪業を隠す為、行方知らずとなった古本屋店主の自業自得のなれの果てというシナリオで片付けようって魂胆か。...黒腹と、その取り巻きども...どこまでも汚ねぇ奴らだ」

小野寺は、何故か老婆の目を見つめていると、そのように全ての経緯を瞬時に感じ取ることが出来たのであった。。。

「その山田さんの店の跡地に新しい店が出来て、年に4日だけ営業していると聞いたのですが...」

小野寺は気を取り直して、そう訊いた。

「ああ、やってるとも。....明日が、ちょうど今年4回目の営業日さ...お前さんの後ろにある、その店だよ...」

老婆のその言葉に小野寺は驚き、後方へ振り返ると、そこには先程まで気づかなかった写真どおりの店が建っていた。

店には店名を記した看板もなく、ただ灰色一色の殺風景なコンクリートの店であった。

「お婆ちゃん...この店、誰がやってるの?」

小野寺がそう尋ねながら、再び老婆のほうへ振り返ると、不思議な事に、すでに老婆の姿は消えていた。。。。


翌日、老婆の言葉を信じ、小野寺は開店している筈の、幻の店へと向かった。


確かにその店は昨日と様子が異なり、大きな扉を開いていた。相変わらず、ひと気のない商店街。。。

小野寺は緊張の面持ちで店内に足を踏み入れると、思わず息を呑んだ。。。。

テーブルに無造作に置かれている数社の新聞紙。。。そのどれもが、今から1年先の同じ日付の新聞であった。

そして、どの新聞も一面大きな見出しで、「黒腹首相、狙撃される!」と記されていた。。。








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