ショートストーリー384 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」
「まだ、出会って間もない二人が、まるで磁石のように、お互いに惹かれあい、結ばれる。。。そんなラブロマンス、現実の日常に、ある筈ないよね。。。」

太平洋に面した崖の上を通る国道沿いに、ポツンと一軒だけ建っている洒落たカフェレストラン。。ユリコは、海が一望できる窓側の席で、ミルクティを飲みながら、そんな事を考えていた。

$丸次郎「ショートストーリー」

仕事も順調、その上、恋愛や遊びも満喫したい。。。それは多くの人にとって、叶えたい願望かもしれない。。。

しかし、30代半ばに差し掛かったユリコには、それは極めて困難なことなのだという事が、感覚ではなく、実感として分かり始めていた。。自分のスキルや、キャパシティーでは困難な事なのだと、自分で自分にボーダーラインを引き始めていた。。。


同期入社でプライベートでも仲の良いアイコが、今年の春に電撃結婚を果たした。相手は、取引先のディーラーで、出会って、わずか3ヶ月という速さでのゴールとなった。

結婚式に招待されたユリコは、幸せを絵に描いたようなアイコのウエディングドレス姿を見て、祝福の気持ちと共に、多少の焦燥感を抱いていた。。。


「私、たぶん結婚しないと思うなぁ。。。私に主婦なんて、絶対ムリ、ムリ!夫から、ここが片付いてないとか、味つけが薄いとか、文句言われたら、もう嫌になっちゃうもの」

軽く酔っていたとはいえ、一年前の忘年会では、そんなことをユリコに語っていたアイコだった。



冬晴れの太平洋は、日本海ほどではないが、やはり、どこか寂しい雰囲気を漂わせていた。寄せる波が大きな岩にぶつかり砕け、白いしぶきが、また海へと消えていく姿は、ユリコが幼い頃から思い描いていた沢山の希望が、年々、消えてゆく現実と重なって見え、ユリコの心を切なくさせた。。


「私は異性に対して、決して理想が高すぎるわけではない。。。」ユリコは、いつもそう思っているのだが、職場にも、取引先にも、居住地域にも、ユリコにとって心惹かれる男は、見当たらなかった。。


午後4時を過ぎると、陽射しは大きく西に傾き、海面を染めるオレンジも増してくる。。。寒そうな、でも限りなく澄んだ青空を、まるで命を謳歌するように自由に舞う海鳥たち。。。冷えたミルクティのカップを右手に持ったまま、ユリコは、そんな光景をぼんやり眺めながら、「自分の今」に思いを巡らせていた。。。


すると、ユリコの思いを断ち切るように、テーブルに置いたポーチの中から、突如、携帯が鳴り出した。


「携帯電話は、マナーモードか、電源をお切りください」と書かれた紙が、店の入り口に貼られていた事を思い出したユリコは、すぐさま通話ボタンを押すと、店の外へ急いだ。

「もしもし?...もしもし?」カフェレストランの外は、吹き上げてくる海風と、電波受信の悪さから、声が聞き取りづらかった。


海風が少し穏かになると、相手の声が、ようやく聴こえるようになった。その声は、どこか聞き覚えのある男の声であった。。。

「ユリコちゃん?。。。俺、、、憶えてるかな?俺だよ、俺!」

「え?。。。誰ですか?いたずらなら切りますよ!」

今、問題になっているオレオレ詐欺ならば、掛ける相手を間違えてる。。。ユリコは内心、そんな事を思いながらも、強い口調で言った。


「ちょっと待ってくれよ!俺だよ、ケンジ、、、鷹浜ケンジだよ!」そう言われ、初めて相手の顔が脳裏に浮かんできたのだった。

電話の男は、5年ほど前、当時、ユリコがよく通っていたスポーツジムのインストラクターで、わずか半年の恋愛関係に終った元恋人であった。。。


「あっ、鷹浜さんですか!お久しぶりです。。。」全く予期せぬ相手からの電話に、ユリコの心は戸惑っていた。なにを喋ったらいいのか迷い、言葉が続かなかった。


「久しぶりだね。。。今、どうしてるの?元気?」明らかに、ユリコに探りを入れているケンジの言葉が、ユリコの眼下に広がる紺碧の海とは対照的に、ちっぽけで煩わしく思えた。。。


ユリコは、冷たい潮風を胸いっぱいに吸い込むと、目を閉じてゆっくりと吐き出した。そして言った。

「ええ、お陰さまで元気にやっています!今、仕事が忙しくて手が離せなくて。ごめんなさい。鷹浜さんも、どうかお元気で!では、失礼します」

ユリコは、一息に、そう言うと、電源を切った。。。5年前、健気に尽くしたユリコを捨て、女を作って逃げ出したような男と、また恋をするほど、ユリコのプライドは安くなかった。。。


「そういえば携帯番号、ずっと変えてなかったんだっけ。。。でも、あんな最低な別れ方をしておきながら、5年も経って、よく電話を掛けてこれるよなぁ。。。あの女たらし!」


思わず携帯を海に投げつけたくなるような憤りを覚えながらも、ユリコは辛うじて気持ちを抑えると、カフェレストランに戻って行った。


窓側の席に戻ると、冷え切ったミルクティを一口飲み、ユリコは小さく呟いた。。。

「アイコのような要領のよさや、誰にでも振りまける愛嬌が自分にもあれば、少しは良い相手に出会える機会も増えるのかなぁ?」


するとタイミングよく、ユリコの後のテーブルにいるカップルの女性のほうが、声をあげて言い放った。

「私達、もう終わりにしましょう!あなたに合った恋人を演じることに、もう疲れたの!私は、素の私でいたいの!」


その声を聞いたユリコは、見たら悪いと思い、カップルのほうへは振り向かなかったが、心の中で叫んだのだった。

「ああ~!恋って難しい~!!」


ちょうどその時、店内の壁に掛かっている大きな振り子時計が、乾いた鐘の音を鳴らし始めたのだった。。。。







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