ショートストーリー383 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」
「自分らしくない、ド派手な服を、その日は何故か買ってしまったの。それは前日、マサトと喧嘩をしたせいかもしれない。。。うまく気持ちの整理がつかなくて、その日の私は、妙に苛立っていた。
相手と、いつも同じ思いを共有することなんて、きっと不可能なのだと、私は心の中で諦めている。私の心は、生まれてから、ずっと冷めていた気がするの。。。」

$丸次郎「ショートストーリー」

そんな内容の手紙をアキラに書いて送ってきたのは、初恋の人、エリコだった。中学時代にクラスメイトだったエリコは、無口で無表情な女の子だった。。。

彼女は、女子からも男子からもイジメのターゲットにされていた。その光景を見ることが、アキラは、たまらなく嫌だった。見る度に、自分の心が壊されて廃墟のようになっていく恐怖感を覚えるのだった。


ある日、アキラは朝早く登校し、誰もいない教室に着くと、エリコの机が、油性ペンで落書きされている事に気が付いた。机には、エリコに対する残酷なまでの悪口が、大きな文字で殴り書きされていた。

「エリコちゃんが登校してきたら、きっと、これを見て悲しむだろう、辛くなるだろう...」アキラは瞬時に、そう思った。。。

アキラは、詰め襟の学生服を脱ぎ、ワイシャツの袖を肘まで捲し上げると、掃除道具の入ったロッカーから雑巾を取り出し、トイレへと走った。

「あと15分もすれば、クラスメイト達が次々と登校してくる。それまでにエリコちゃんの机の落書きを、全部消してやりたい。。。」アキラは、そう思った。


アキラは、油性ペンで書かれた文字なら、水拭きで消せると思っていた。水を含ませた雑巾を絞り、机の落書きを「ゴシゴシ、ゴシゴシ」と、力を込めて拭き続けた。

しかし、拭いても、拭いても、落書きは消えるどころか、薄くさえならなかった。。。

教室の壁に掛けられている大きな丸時計は、刻一刻と秒針を進めていく。窓の外の校庭が、にわかにざわめき始め、生徒達が次々に登校して来たことを知らせていた。。。


アキラは、心の中で念じるように「文字よ、消えろ!文字よ、消えろ!...」と、唱え続けながら机を拭き続けた。


すると、廊下の窓から顔を覗かせながら、いじめっ子のヤスオが、そんなアキラに向かって叫んだ。

「おい、アキラ!お前、なに余計なことやってるんだよ!ひょっとして、お前、、、エリコのことが好きなのか?!きっと、そうだ!お前、エリコのことが好きなんだろ?!」

ヤスオは、中学生とは思えない大人びた風貌と、ガッチリとした大柄な体格であった。いじめっ子達の間では、リーダー的存在になっていた。


アキラは、ヤスオの言葉を無視しながら、黙々とエリコの机を拭き続けた。そんなアキラの態度に腹を立てたヤスオは、教室へ入るとアキラの腕を摑み、握っている雑巾を奪おうとした。


日頃から、エリコをいじめているヤスオの姿を見てきたアキラにとって、眼前にあるヤスオの威圧的な表情は、机の落書き以上に、消し去りたい憎悪の対象であった。。。


「お前、なんで、、、いつも、いつもエリコちゃんを苛めるんだ~!?」ヤスオ達に対して、積もりに積もった怒りの感情が、アキラの中で、とうとう爆発したのだった。


「なんだ、お前!俺とやる気かぁ!?いい度胸じゃね~か!」

喧嘩など売られたことがないガキ大将のヤスオは、アキラの攻撃的な態度に、一瞬たじろいだ表情を見せながらも、アキラの腕をねじ上げながら、そう怒鳴り返した。


登校して教室に入ってきた生徒達は、この二人が取っ組み合いの喧嘩をしている姿を見て「信じられない!」といった表情を浮べた。


アキラのワイシャツは、強く引っ張られてボタンが全て飛び散り、襟は破れていた。一方のヤスオも、アキラの拳を腹に受けて、額に脂汗を浮べていた。。。


いつしか机は、教室の端の方へ寄せられ、喧嘩をしている二人を囲むように生徒達の大きな輪が出来ていた。

やがてアキラの放った拳が、ヤスオの顔面を捉えると、鈍い音と共にヤスオは床に膝を着き、崩れていった。。。


その様子を見ていたヤスオの子分達は、アキラに仕返しをすることもなく、そしてリーダーのヤスオを介抱することもなく、自分達の机を淡々と元の位置に戻すと、何事もなかったかのように座席に座った。

その日、エリコは偶然にも学校を休んだ。アキラは、ヤスオの子分だったカズヤから、昼休みに油性ペンで書いた文字の消し方を教わると、理科室からこっそり、アルコールの瓶を持ってきて、雑巾に染み込ませ、エリコの机を拭き続けたのだった。。。


「やっと、文字が綺麗に落ちた!カズヤ、ありがとうな!」一緒に手伝ってくれたカズヤに、アキラは満面の笑みを浮べながら言った。するとカズヤは、なぜか目を潤ませながら微笑んでいた。

ヤスオという絶対的な権力から解放され、アキラの優しく純真な勇気に触れたことで、カズヤの心は、活き活きとした喜びを取り戻したからであった。


翌日、登校したエリコは、前日、そんな事があったとは露知らず、自分の机に鞄を下ろし、椅子に座った。。。


その日以降、誰もエリコを苛める者はいなかった。エリコ自身、なぜクラスメイト達の態度が、急に和やかになったのか、不思議に感じていた。。。


その年の冬休み。。。街の図書館で大好きな植物図鑑を一人眺めていたエリコに、偶然やって来たアキラが声を掛けた。

「さ、、、寒いよな、今日は。。。特に寒い。。。元気?」ぎこちないアキラの態度が、エリコには滑稽に見えた。しかし、なぜか嫌な感じはしなかった。。。


「う、うん。。元気でもないけれど。。。ふつう、、かな。」無口なエリコが、そう答えてくれたことが、アキラには、たまらなく嬉しかった。

「エリコちゃんが微笑む顔を、たくさん見たい...」エリコを見つめながら、アキラは純粋に、そう思った。


その後、時々、二人で映画を見に行ったり、一緒に図書館で勉強をしたりした。。。やがて、春が来て、エリコは県内でも有数の進学校に進み、アキラは、家業の植木屋を継いだ。


それを機に、エリコとアキラの繋がりは無くなったように思えた。。。しかし、エリコもアキラも、いつも心の中には、お互いが強く温かく存在していた。。。



15年経った今も、時折届く、エリコからの手紙。。メールじゃなくて、手紙。。。これが、エリコとアキラの約束だった。。手書きの手紙は、その筆跡から心が伝わるから。。。そうエリコは言った。。


でも、恋人じゃない二人。。。恋人じゃないけれど、恋人以上に長い間、想いあう二人。。。


今、エリコから、彼氏に対する愚痴のような手紙をもらい、読んでいるアキラの眼差しは、いつになく優しく、あの当時のままであった。。。


「ド派手な服かぁ。。。でも、いいんじゃない?。。。そんな気分のエリコだって、素敵だよ。。」

窓辺から見える青く澄んだ海を見つめながら、アキラは、そう囁いた。。。








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