ショートストーリー382「人と人(後編)」 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」
カナコは、園城さゆりの話を聞いて、なんとなく、この事件の全体像が見えてきたような気がした。

「でも、園城さん、この事件について、なぜそんなに詳しい事まで分かっているのですか?」
カナコは、話を聞きながら感じていた疑問を、さゆりにぶつけてみたのだった。

すると、さゆりは、少しだけ微笑みながら答えた。

「カナコさん、、我が園城グループは、全国津々浦々に情報網を張り巡らしているのです。。。いいえ、国内にとどまらずアジア全域、米国、中南米、ヨーロッパ... 園城グループは、いまや世界中に支社、協力機関があり、ある意味では警察や、マスメディア以上の情報収集能力を兼ね備えているのです」

さも当然のように語るさゆりを、カナコは驚きの表情で見つめていた。。。そして呟いた。

「それにしても、豪川代議士や青木たち、、、弓坂タツヤが、世界的な大グループの一族であることを知らなかったのかしら?...それとも、園城グル-プを敵に回しても、自分達に勝算があると思っているのかしら?」


「どうでしょうね?。。。我がグループは創業以来、政治権力や既存メディアと一切関わりを持たないという伝統があります。恐らく、彼らは知らなかったのでしょう。。タツヤが園城一族の者だということを。。」

そう語ったさゆりは、ちゃぶ台の上に置いたファイルを閉じると、カナコを見つめ、さらに続けた。

「人間、、欲に目がくらむと、物事の背景にまでは、気が回らなくなるものです。目先の欲に駆られて追いかけていると、だんだんと谷底が近づいていることに気が付かない。。。谷底へ落ちて初めて気が付くものなのです。己の非力さ、愚かさに。。。」


さゆりの言葉には、巨大グループ会長としての様々な経験に裏打ちされた説得力と重みがあると、カナコは思った。


「ところで、園城さん。。私のところに来た理由は、なんですか?」カナコは、初めに聞くべきだった質問を、ようやく、さゆりにぶつけたのだった。


「ええ。。。そこでなんですが、実は野ヶ崎カナコさんに、是非協力して頂きたいことがあるのです」

「私が、園城さんに、協力?...なんでしょうか?」

今日、さゆりの話を聞くまで、カナコは一日も早く事件について忘れたいと思っていた。しかし今は、徐々に心が変化しつつあった。。。


「我が園城グループが、あらゆる情報網を駆使して収集した不正入札の実体。。そこから見えてきたものは、本来なら利権政治を叩くべき存在である筈の日々新聞が、実は、その片棒を担いでいたという信じ難い事実でした。。。私達は、確固たる物的証拠、証人を得ています。それらをタツヤの弁護人に提供しました。あとは、これらの事実を、日本の司法が、どう扱うかに掛かっているのです。。そこでカナコさん...あなたは、日々新聞の中で、ずば抜けて優れた才覚の持ち主であったと、聞いています。それ故、悪しき風習にまみれた幹部連中からは、けむたがられる存在であったと。。。そんなカナコさんに是非、園城グループの仲間として加わって頂きたいのです。。。」

さゆりは、迷うことなく理路整然と語った。


「加わる?...私が、あの園城グループの一員になるって事ですか?私が今回の事件で出来ることは、もう何もないと思います。」
カナコは、心のどこかで、さゆりの話に同調しながらも、やや困惑気味に尋ねた。

「いいえ、あります。。テツオさんの死を無駄にしない為にも、そして権力を盾に悪事を重ねる偽善者に法の裁きを受けさせる為にも、カナコさんの力が必要なのです...」

さゆりの表情には、並々ならぬ決意と情熱が漲っていた。カナコは、そんなさゆりに圧倒されながらも、「この事件を、このまま幕引きさせる訳にはいかない。。。」と、強く感じたのであった。。。


「園城さんの志、よく分かりました。。私が具体的に、何をしたらよいのかは、そちらにお任せします。今では、もう何も語ることが出来ない元夫の無念を、少しでも晴らしてあげたい...そう思います」

そう言うカナコの瞳からは、久しぶりに鋭い眼光が放たれていた。一度、カナコの心の中で封印したはずの事件への怒りが、甦った記者魂と共に、ふつふつと沸きあがって来るのをカナコは感じていた。

$丸次郎「ショートストーリー」

それから半年後....

カナコは、園城グループが経営しているインターネットTV局「リアル・トゥルースTV」のメインキャスター兼、記者として活動していた。

スポンサー企業からの資金提供は一切なく、視聴している会員からの会費と、園城グループ自身の出資で成り立つ独立系メディアである。。。


保身党の元大物代議士、豪川純三郎の収賄、口利き疑惑について、一切報じることのない既存の大メディアと異なり、カナコの番組では、豪川の疑惑について逐一放送したのだった。

その結果、豪川、および日々新聞、政治部の青木らが不正入札に関与していたことが濃厚であるとの世論が巻き起こり、ようやく警察も捜査に乗り出したのであった。


その後、公判が進んでいく中で、痴情のもつれによるタツヤの突発的犯行という見解から、豪川、青木らの指示による犯行との見方に変わっていった。。。


やがて、タツヤの最終公判が行われる直前、収賄罪で豪川が、強要罪で青木が相次いで逮捕されたのだった。その結果、タツヤの犯行には、情状酌量の余地があると判断されたのであった。。。


そして判決の日、実刑判決を受けたタツヤは、法廷から立ち去る際に、傍聴席のカナコを見つめると、深々と頭を下げ続けた。刑務官に促され、ようやく頭を上げたタツヤの目は、真っ赤に充血し、涙が溢れていた。。。


カナコは、唇を噛みしめながら、タツヤの瞳をじっと見つめた。憎悪と、やりきれない切なさが入り混じったような、自分でも理解しがたい感情が胸の奥で渦巻いていた。。。


うなだれた姿のタツヤが、法廷から姿を消した後、カナコは、ブレザーの胸ポケットからテツオのスナップ写真を取り出し見つめると呟いた。

「テツオ...今、終ったよ。。。あなたを襲った犯人の従姉弟が、皮肉にも、あなたの真っ当な人生を立証してくれたの。人々に正しいことを真っ直ぐに伝えようとしたテツオの勇気を、私は誇りに思ってる。。。これからは、テツオのその志を、私が引き継いでゆくからね。。。テツオ、私を愛してくれて、ありがとう。。。」


誰もいなくなった法廷の窓からは、爽やかな青空が優しい陽射しと共に、顔を覗かせていた。。。。


その後、カナコは園城グループの中心的な存在となり、国家の不正、司法の不正を暴き、権力、利権になびかない独立メディアの礎を築いていった。。。


(完)




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