ショートストーリー381「人と人(中編⑨)」 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」
「あなたが、弓坂タツヤの従姉弟?...」

カナコにとっては、もはや仇のような存在になってしまったタツヤが、大グループ会長の従姉弟であったとは、寝耳に水であった。交際していた時、タツヤからそういった話は全く聞いた事がなかったからである。

「私、もうあの人とは、一切関係ありませんから。事件については、司法の判断に任せます。。私の夫だった人を殺害したような男に、これ以上、関わりたくないんです。すいませんが、お引き取りください」

カナコは、園城さゆりを冷ややかな目で睨みつけると、そう言った。

すると、さゆりは黒スーツの男に目で合図をし、何かを出すように促した。男は、手にしていた鞄から一冊のファイルを取り出すと、付箋のついたページを開いて、さゆりに手渡したのだった。

さゆりは、ファイルに綴じられている資料に目をやりながら、淡々とした口調で、カナコに語り出した。

「従姉弟とはいえ、タツヤと私は幼少の頃、正月に祖父の家で遊んだ程度で、もう15年以上、会っていません。ですからタツヤが、あなたと、かつて交際していたことも知りませんでした。。そんな私が、なぜ、あなたに会いに来たのかというと、タツヤの犯行の影には、あなたの上司だった男と、政治家らの陰謀が絡んでいるからなんです」


カナコは、二日酔いの頭を右手で押さえながら、さゆりの目を見つめて聞いていた。そして髪をかき上げると、気だるそうに言った。

「政治家?...陰謀?..あのう、おっしゃっている意味が、よく分からないんですけれど。。。それに、私の上司だった男って、いったい誰なんですか?」


すると、さゆりは、開かれたファイルをカナコに差し出して見せると言った。

「その資料を見てください。そこにある写真、向かって右側にいるのが東輪田物産の梶川社長、左にいるのが、あなたの上司だった日々新聞の青木氏、そして二人に挟まれて写っているのが、保身党の大物代議士である豪川純三郎です。。。」

カナコは、写真の一点だけを見つめていた。カナコの上司であり、恋人であった青木の顔である。。。


「それで、、、青木と、この人達の関係というのは?」カナコは、写真に目を向けたまま尋ねた。


「利権で繋がった黒い人脈...とでも言っておきましょう。少なくとも、綺麗な関係じゃありませんね」
さゆりは、カナコの様子を注意深く見つめながら、そう答えた。


「園城さん、はっきりと明確におっしゃってください。テツオが、タツヤに殺された本当の動機...そして今回の事件と、写真の男達との関係についてを」


心の奥にしまい込もうとしていた事件への怒りが、再び湧き上がってくるのを、カナコは感じていた。

さゆりは、カナコの真剣な眼差しに後押しされるように語り出した。

「タツヤは3年ほど前、東輪田物産に営業社員として勤務していました。その時、ある自治体が、200台のカラー複合機を競争入札にかけたのです。結局、東輪田物産が予定額の99,9%という高い価格で落札しました。。。しかし、このカラー複合機は、自治体にとって全く必要性がなく、梶川社長が、親交の深かった豪川代議士に頼んで、自治体に口利きをして貰い、無理やり実施させた入札だったのです」


さゆりが、そこまで言うと、カナコは部屋の中に入るよう促した。誰かに聞かれたらまずい、と感じたからであった。

大柄な男は、さゆりのボディーガードを兼ねているらしく、アパートの外にいて辺りを警戒していた。

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丸いちゃぶ台に向かい合って座ると、カナコが口を開いた。

「自治体が、事前に予定額を東輪田物産に教えたのも、豪川代議士の指示によるものですね?...そして、その時、東輪田物産で入札を担当していたのが、営業の弓坂タツヤだった..そうですね?」


「その通りです。。。タツヤが、梶川社長の指示を受けて入札したのです..」さゆりが頷いて、そう答えると、少しの間、静寂が訪れた。


「でも、ここまで園城さんからお聞きした内容からは、テツオと彼らの接点は、何もないじゃないですか?」
不思議に感じたカナコは、力強い口調で、さゆりにそう尋ねた。


「ええ、ここまでは。。。実は、紺坂テツオさんは、当時、フリーライターをやっていて、ある関係者から、この不正入札の件について知らされたらしいのです。そして『政治家が介入した不正入札の実体を記事にするんだ!』と、かなり意気込んでいたらしいのです...」


さゆりが、そこまで話すと、カナコは、すぐさま言った。

「それでテツオは、梶川社長や豪川代議士の身辺を探るようになったのですね?」


「ええ...そして、紺坂テツオさんが取材し、執筆した不正入札の暴露記事が雑誌に掲載されたことで、豪川代議士は翌月に実施された総選挙で落選し、東輪田物産の梶川社長は逮捕されたのです」


「弓坂タツヤは?」カナコは、待ちきれない感じで尋ねた。


「日々新聞の青木が、以前から彼を可愛がっていまして、事件のほとぼりが冷めるまで、日々新聞の印刷工場でアルバイトとして雇ってあげたらしいのです。。つまり囲ってやったのです」

黙って聞き続けるカナコを見つめながら、更に、さゆりは話を続けた。。。

「紺坂テツオさんは、その後もフリージャーナリストとして活動していましたが、何者かによって幾度となく命を狙われました。恐らく、落選した豪川の息が掛かった連中の仕業でしょう。。。さすがに、身の危険を感じた紺坂さんは、ジャーナリストを辞め、やがて知人らと共に、キャバクラを始めたのです」


そこまで聞いた時、カナコは、今まで点と点だった人物達が結びついて、一本の線になりつつあるのを感じた。


カナコは、そこまで話を聞いて、なんとなく予想できることを話してみたのだった。

「そして、テツオが飴歯町にキャバクラを開店させたことを、青木が嗅ぎつけた...て、訳ですね?」


「お察しの通りです...」


「青木が、テツオに要求していた、みかじめ料300万円...あれは、いったい?」
カナコは、その真意を教えてほしい、、というニュアンスを込めて、さゆりに尋ねた。


「300万という額は、落選した豪川たちが報復として紺坂さんに要求するには、小さすぎる額です。つまり300万は、豪川たちには内緒で、青木が自分の懐に入れるために、ハッタリをかまして要求したお金でしょうね。。。」


「私は、、、そんな男を直属の上司として尊敬し、恋までしていたなんて。。。ばっかみたい!」カナコは、自分の髪の毛を両手でクシャクシャにしながら、そう叫んだ。


「ただ、青木の唯一の誤算は、豪川ら黒幕たちの標的であるテツオさんの元妻と、交際してしまったことです」
さゆりは至って冷静に、そう語ったのだった。。。


「じゃぁ、弓坂タツヤは、昨年暮れ、なぜ私に接近してきたのですか?」ふと、気が付いたように、カナコが訊いた。


「タツヤは、豪川一味や青木らに脅されていたのです。。警察の捜査から匿ってやる代わりに、紺坂テツオさんを見つけ出して殺害するようにと...紺坂さんが、カナコさんの元夫であることを知っていたのは、豪川一味でも青木でもなく、唯一、タツヤだけだったのです」


「それで弓坂は私に接近し、標的であるテツオが現われるのを、ずっと待っていたんですね?」

カナコは、失望感と虚しさに襲われながらも、そう尋ねたのだった。。。


「ええ。。。でも、従姉弟だからといって肩を持つわけではありませんが、、、タツヤは、本当にカナコさん、あなたを、愛していたのだと思います。。。」

さゆりは、その時、力を込めた声で、カナコにそう言った。そして更に語気を強めて続けた。

「勿論、タツヤの犯行を肯定する気など微塵もありません。。。しかし、この殺人事件が、タツヤ個人の単なる衝動的な犯行として片付けられてしまう事だけは、絶対に許せないのです。。。
今も、日々新聞の政治部で、のうのうと部長職に就いている青木や、政界復帰をもくろむ豪川一味の悪業を、法廷の場で明らかにし、世間に晒す。。。それが、由緒ある園城家を汚してしまったことへの、私が出来る、せめてもの罪滅ぼしだと思っているのです。。。」


そう言い終えた園城さゆりの目元には、うっすらと光るものが滲んでいた。。。カナコは、そんなさゆりを見つめながら、新たな決意を胸に抱いていた。。。



(次回へ続く)




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