ショートストーリー380「人と人(中編⑧)」 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」
元夫だったテツオの四十九日法要も無事に終わり、カナコの心は、徐々に平穏な感覚を取り戻しつつあった。。。

昨日、知人から届いたメールには、殺人の罪で逮捕されたタツヤの初公判が、来月20日に行われる予定だと、記されていた。

メールを読み、再び嫌な気分に襲われたカナコは、昨夜、家で久しぶりに酒を飲み続けたのだった。


翌日の早朝、カナコの新居である川沿いの木造アパートに、一台の黒いリムジンが到着した。犬の散歩をしていた主婦も、見慣れない高級車に足を止めた。

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運転席から黒いスーツ姿の屈強そうな男が素早く降りて来ると、すぐさま後部座席のドアを開けて、お辞儀をした。

すると後部座席からは、ミンクのコートで身を包み、ゴールドの宝飾品を胸元や耳元に輝かせながら、モデルのような長身の女性が、ゆっくりと降りてきたのだった。


その女は、ゆったりと辺りを見渡すと、黒スーツの男に促され、アパートの階段を昇っていった。

築30年は経っているアパートと、あまりにも不釣合いな女。。。見入っていた主婦は、我に返ると、待ちくたびれていた犬に引っ張られるように歩いていった。


その頃カナコは、まだ布団の中にいた。昨夜の深酒がたたり、二日酔いのような状態になっていた。

「ピンポーン、ピンポーン...」

そんなカナコを急かすように、部屋のチャイムが6畳一間に鳴り響いた。

「え~~~、ったく、なんなのよ~。。。こんな朝早くに!」チャイムの音が、二日酔いの頭に響いて、さらに気分が悪くなったカナコは、苛立ちながら布団の中で、そう呟いた。

居留守を決め込んだカナコは、チャイムを無視して、布団の中に潜り込み、耳を両手で塞いだ。


すると、男の太く大きな声が、薄い玄関ドアの向こうから聞こえてきたのだった。

「野ヶ崎さ~ん、いらっしゃいますかぁ~!いらっしゃいますよね~!ノ~ガ~サ~キ~さ~~ん!」

明らかに嫌がらせのような叫び声が、布団の中にまで響いてきた。

「誰からも借金はしてないから、取りたては来ない筈だし。。。誰よ、いったい!」

男の叫び声は、執拗に続いた。その声はアパート中に聞えている筈である。カナコの心は、恐怖よりも怒りのほうが勝っていた。

椅子に掛かっているジージャンをパジャマの上に羽織ると、玄関ドアの前に立ち、カナコは叫んだ。

「どちら様ですか?!」

すると男の叫び声は、ピタリと止まり、今度は小さな声で語りかけてきたのだった。

「野ヶ崎カナコさん、、、朝早くに、すいませんなぁ。いや、急用でしてね。実は今日、ここに会長を、お連れしたんですよ」


「会長?....」カナコは、男の言葉に耳を澄まして聞いていたが、「会長」というフレーズが、妙に心に引っかかったのだった。

「百聞は一見にしかず...」カナコは小さく、そう呟くと、ドアノブを両手で強く握りながら、ドアを少しだけ開けて外を見た。


そこには、色黒の顔に濃いサングラスを掛けた、身長190cmはあろうかという大柄な男と、30代後半ぐらいで、スタイルの良いロングヘアーの女性が立っていた。


その女は、カナコと目が合うと、冷たく無表情だった顔から一転し、優しい笑みを覗かせた。

「初めまして。私、園城さゆり、と申します。。野ヶ崎カナコさん、ですよね?」女は、頭を下げて挨拶をすると、そう訊いた。

「あ、、はい。そうですけれど、私に、なにか御用でしょうか?」

園城さゆり...初めて聞く名前だった。。。二日酔いのうえに、突然の見知らぬ来訪者とあって、カナコは、現実と夢が入り混じったような感覚の中にいた。


「このかたは、明治時代から続く大財閥、園城家のお嬢様で、今は園城グループの会長をされているお方です」
大柄な男は、すぐさまカナコに、そう説明をした。

「園城グループ...って、外国での油田開発から、土地開発、それから、テレビ局や大学の経営までやっている、あの『園城』ですか?」

カナコは、よく耳にする有名な園城のことだと気がつき、そう聞き返したのだった。

すると、女は頬を緩ませて、ニッコリと微笑みながら、「ええ、その園城でございます」と語り、また軽く頭を下げたのだった。


「ええ!そんな偉い方が、なんで私のところに?私、園城さんと今まで、お会いしたこともないですよね?」
カナコは、驚きと不思議さが交錯したような表情で、そう尋ねた。


すると、園城さゆりは、金箔が貼られた名刺を取り出し、カナコに一枚差し出した。カナコは、名刺を両手で丁重に受け取ると、そこに書かれた数々の肩書きを見た。そして、この女性が紛れもなく、かの有名な大グループの会長であることを確認したのだった。

そんなカナコを見つめながら、園城さゆりは、静かな口調で言った。

「実は私、、、殺人罪で捕まった弓坂タツヤの従姉弟なんです。。。」

その言葉を聞いて驚き、咄嗟にさゆりの目を見つめたカナコは、言葉を失ったまま、呆然と立ち尽くしていた。。。




(次回へ続く)



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