ショートストーリー358 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」
寒風吹きすさぶ荒野を、一台のライトバンが音を立てて走っていた。凹凸が激しい大地を、大きく車体をバウンドさせながら猛スピードで走り抜けてゆく。

ハンドルを握っているのは、製薬会社に勤務しているゴロウという名の男である。一刻も早く、とある工場に辿り着かなければならなかった。

$丸次郎「ショートストーリー」

「明日の午前9時までだ。分かってるな?」昨日、取引相手から、そう言われたゴロウは、夜通し走り続けて、明朝、港で男らに約束の物を手渡さなければならなかった。

人の住んでいない広大な荒地の中に、木々や草でカムフラージュされた工場が建っている。そこで作られている物は、国内外に販売が禁止されている「バタゼーン.コカ」という不老効果がある薬であった。

今から30年前、東巨大学の霧沢名誉博士が10年の歳月を掛けて開発に成功した若返り特効薬である。

ただ、当局からは「安全性に問題がある」として、薬として認可されておらず、表上は売買されていない幻の薬であった。

しかし霧沢博士は、自分が生み出したこの薬に、絶対の自信をもっていた。「国が認めなくても、この薬を必要としている人々は、大勢いる。。。」日々、その思いに駆られていた霧沢博士は、ある日、自分の教え子でもある、製薬会社社長を呼び出したのだった。


霧沢博士の邸宅に呼び出されたドリーム薬品社長の朝田は、広々とした応接室に案内されると、入り口でシルクハットを外し、深々と一礼をした後、言った。

「霧沢博士、大至急とのことで私、飛んで参りました。それで、今日は一体何の御用でしょうか?」

「まぁ、そこに座りたまえ。。。実はな、君に一つ、頼みたいことがあるのだ。。いいかね?」
見事な口ひげを蓄えた霧沢博士が、朝田の向かい側に座ると、そう切り出した。


「はっ、はぁ。。。いくら博士からのお願いであっても、その内容をお聞きしないことには、なんとも。。。」

ドリーム薬品は、中堅の製薬会社である。今年度の業績は、すでに赤字になることが濃厚であった。
そんな状況下で、無謀な事業に手を出せば、会社が破綻することにもなりかねない。朝田は、その意味でも、先に博士に牽制球を投げたのであった。


「君も随分と偉くなったものだな。。。君がドリーム薬品を創業できたのは、いったい誰のお陰だと思っているのかね?。。。激しい競争が続く製薬業界で、東巨大学、名誉博士である私の働きかけがなければ、君は社長どころか、ドリーム薬品すら存在していなかったはずだ。。。いいかね、朝田君。恩を仇で返せば、いずれ君の会社、肩書きも全てパーになるということを、よく覚えておくがいい。。。」

金縁メガネの奥にある、細く垂れ下がった目。一見、温厚そうな博士の顔だが、その瞳は冷酷そのものであった。。。


霧沢博士の言葉に嘘はなかった。。。博士に弱みを握られている以上、朝田に選択の余地などなかった。

「霧沢博士、、、分かりました。ご用件をお話ください。私、最大限のご協力をさせて頂きます」
いとも簡単に、博士の圧力に屈した朝田は、膝の上で握った拳に力を込めながら、うつむき加減の姿勢で、そう言った。

「ほほう。。。さすが朝田君だ。。物分りが早い。。では、早速だが、私が長年の研究の末に開発した不老効果のある特効薬があるのだ。。。厚生医療省の役人にも手を打ったのだが、どうも米国からの圧力があって認可するのが難しいらしい。。。この不老薬が我が国で認可されれば、米国の製薬業界は後手に回ることになり、大きな打撃を受けることになるからね。。。そこでだ。。。大手では、事がバレやすい。。。そこでだ、君のドリーム薬品で内密に製品化し、販売してゆきたいと考えたのだよ」

霧沢博士は、表情ひとつ変えることなく、朝田の目を見つめながら、そう語った。

「そのお話、私の持ちうる力全てを出して形にさせて頂きます。博士、少々お時間を頂戴いたしますが、宜しいでしょうか?」
朝田は、博士の言葉を聞き終えると、体中に力を漲らせながら、そう答えたのだった。。。


東京近郊では外部にバレてしまうと考えた朝田は、遠く離れた過疎地の荒野に、製造工場を建てたのである。
そこには、ドリーム薬品の精鋭50人が集められ、霧沢博士の指導の下、不老特効薬「バタゼーン.コカ」が、日々1500個のペースで生産されているのだった。


そして朝田は、東巨大学時代の友人で、貿易会社社長の室川に協力を依頼し、違法な裏ルートで海外に不老薬を流すようになったのだった。

「国内で売人を使う販売では、いづれ足がつく。。。それに何かとリスクも高い。。。それなら、海外のほうが手っ取り早い。朝田、簡単なことだろ?あははははっ」朝田は、少し不安そうな表情の室川にそう言うと、笑った。


「明日の朝9時までに、東浜港へ『バタゼーン.コカ』を3000箱。9時20分、東南アジアに向けて貨物船が出る。くれぐれも遅れないように!」

2日前、室川の部下である宇原から、そう連絡を受けたドリーム薬品の新人社員、ゴロウは、そのタイムリミットに間に合わせる為、密造工場に向けてライトバンを走らせているのだった。

不認可で違法薬品でもある「バタゼーン.コカ」の密造販売が発覚することを恐れている朝田や霧沢博士は、万一のことを考え、運送業者を使わずに自分たちで輸送するようにと、社員達に指示しているのだった。


深夜、工場で『バタゼーン.コカ』3000箱を車に詰め込んだゴロウは、一息つく間もなく、車に乗り込むと、東浜港に向けて走り出した。


走り出して2時間ほど経過した時だった。。極度の疲労により、山道を走行中にウトウトと居眠りを始めたゴロウ。
急カーブでガードレールに衝突しそうになり、慌ててハンドルをきって、ブレーキを踏もうとしたが、間違ってアクセルを踏み込んでしまい、そのまま崖から転落してしまったのだった。。。


早朝、犬の散歩で通りかかった主婦に発見され、救急車で搬送されたゴロウは、幸いにも一命を取り留めたのだった。

やがて、警察による事故検分が始まった。横転したライトバンの周りに散乱していた薬、3000箱を不審に思った警察が、全部押収し調査をしたのだった。


後日、それらが違法な薬であることが判明し、密造工場やドリーム薬品本社に家宅捜査が入った。そして朝田らの自供により、霧沢博士の自宅にも捜査員が派遣され、不老薬「バタゼーン.コカ」の調合方法などが記された研究資料が押収されたのだった。

やがて証拠が固まり、ドリーム薬品社長の朝田、及び事業に関わった幹部、開発者の東巨大学名誉博士である霧沢欲太郎、そして海外に密輸していた貿易会社の社長、室川らが逮捕されたのだった。。。

逮捕直前、霧沢欲太郎は取材記者に向かって、こう言い放った。

「この私を誰だと思っているんだ?!モーベル科学賞候補に名前が挙がったこともある霧沢だぞ!」

後に、その言葉さえも、虚言であることが分かったのだった。。。






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