ショートストーリー357 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」
「永遠の愛」という名の銅像が湖畔に立っている以外には、なんら人工物が見当たらない、この静かな場所に、一軒の小さな家が佇むように建っている。

アキコとキヨシは、そこで温かな家庭を築き、日々穏かに暮らしている。。。。

買い出しに行くにも町まで車で1時間は掛かる不便な場所である。なのに、なぜ二人は、この場所を選んだのか?...それは、二人が出会った運命の場所だからであった。

$丸次郎「ショートストーリー」

二人は幼少の頃、ほぼ同時期に、それぞれの親から、この湖畔に置き去りにされたのだった。。。幸いに二人とも、日が暮れる前に、ハイカーや散策に訪れた夫婦によって発見され、地元の保健センターに保護されたのだった。。。

二人とも身元を確認できるような物は、一切身につけていなかった為、保健センターの職員が警察に通報し、保護責任者遺棄の疑いで捜査を始めたのだった。

二人は、すぐに隣街の児童養護施設に預けられ、まるで兄妹のように仲良く育っていった。。。

幼いながらも、お互いに同じ境遇であると認識していた二人は、互いに労わり、支えあう感情が自然に芽生えていった。

キヨシは、義務教育である中学を卒業すると、町の青果市場で手伝いをさせてもらうようになった。

まだ車の免許が取れないキヨシは、自転車の荷台に山積みの野菜が入った木箱を括りつけ、よろめきながらも自転車をこいで八百屋や料亭に運んだ。


アキコも学校が休みの時や、時間が空いている時には市場に行き、運ばれてきた各地の野菜を、入荷予定表を見ながら確認したり、伝票を整理したりしていた。

そんな日々が3年ほど続いたある日曜日、アキコと公園に行ったキヨシは、二台のブランコに並んで座りながら言った。

「俺、今月で18歳になったから、今の施設を出て自立しようと思うんだ。。。」

キヨシの口から、いつかは、その言葉を聞くことになると思っていたアキコは、さして動じる気配もなく黙って頷いたのだった。。。

アキコは、まだ16歳であった為、あと2年間は施設にいることが出来る。身寄りもなく、兄妹のように支え合って生きてきた二人だけに、アキコも内心、穏かではなかった。。。


「そ、そう。。。そうだよね!キヨちゃん、市場でも働きぶりを認められて、もう正社員みたいな感じだし、バイト代も、ずっと貯金してきたから、安心だものね!」

アキコは、明るくそう言うと、足で地面を蹴ってブランコを揺らし始めた。

キヨシは、そんなアキコの姿を横で見つめながら、黙っていた。

「アキちゃん、俺が施設からいなくなったら、寂しいか?」キヨシは、答えが分かりきっている酷な質問を、あえてアキコに投げかけてみた。本心を、改めてアキコの口から聞きたかったのだ。。。


「なに言ってるの~?施設の仲間だっているし、職場の人達も、よくしてくれる。。。それに、いなくなるって言っても、会おうと思えば、また会える訳だし。。。だから、少し寂しいけれど、大丈夫だよ!」

そんな言葉とは裏腹に、アキコの心の中は、心細い感情で覆われていた。。。


翌年の春、職員や仲間たちに温かく見送られながら、キヨシは施設を出て行った。。。キヨシの後姿を黙って見つめていたアキコは、見送りが終って仲間達が施設内に戻った後、一人外へ走り出したのだった。。。


大きなバッグを肩から提げて、バス停に向かって歩いていたキヨシに、後ろから駆けて来たアキコが声を掛けた。

「キヨちゃ~ん、待って!」その声に振り向いたキヨシの瞳には、薄っすらと涙が滲んでいた。

「アキちゃん、どうした?!」何となく分かってはいたが、キヨシは、そう返事をした。

細い肩を上下させながら息をしているアキコ。その瞳にも、キヨシと同じ輝きの涙が滲んでいた。。。

「私...私..やっぱりキヨちゃんに、傍にいて欲しい」
この時初めて、キヨシとアキコは、お互いに恋心を抱いていたことに気が付いたのであった。。。


キヨシは、アキコの手を摑んで引き寄せると、初めて抱きしめたのだった。そして呟いた。

「アキコが18歳になって施設を出る日までに、俺、今の仕事、一人前になれるように頑張る。そして、その時までアキコの気持ちが変わらなければ、俺と一緒に暮らして欲しい。。。そう思っているんだ」

アキコは、キヨシの胸に頬を押し付けながら、深く頷いたのだった。。。


それから2年の歳月が流れ、約束どおり、キヨシとアキコは一緒に生活を始めた。貯金し続けた互いのお金を持ち寄って、二人の運命の地である、あの湖畔に小さな家を建てたのだった。。。


幼い自分達を置き去りにした親達を、二人は心の奥で、ずっと憎み続けてきた。しかし今、キヨシとアキコは思うのだ。。。


「おかげで、かけがえのない愛に巡りあえた」と。。。。





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