ショートストーリー356 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」
夕方、シロを散歩に連れて行くことが、マモルの日課となっていた。中学一年生のマモルは、当初バスケット部かサッカー部に入部しようと思っていた。しかし、ハードな運動は慎むようにと医師から止められている為、やむなく入部を諦めたのであった。

その日も、いつものように学校から帰宅すると、休む間もなくシロと散歩に出かけたのだった。11月に入り、日暮れの時刻が、かなり早くなったように感じていたマモルは、薄着で肌寒かったこともあり、森の中を横断して帰る近道を選んだのだった。

ユーカリや、クスノキなど様々な木々が生い茂っている森。。。この森だけは、なぜか昔から開発を逃れ、残っていた。

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一歩、また一歩と森の中へ進んでいくと、視界は次第に暗闇に覆われていった。それと同時に、肌寒さも増していった。

「足元が、よく見えないや。。。しかも寒い。。。とにかく真っ直ぐ進めば、家のすぐ裏手に出られる」
少し不安になってきたマモルは、自分に言い聞かせるように、そう呟いた。

「バサ、バサ、バサ、バサ~」マモルの頭上で、枝葉が音を立てて揺れだした。驚いて一瞬身を縮めたマモルが見上げてみると、なにやら大型の鳥が飛び立っていったようであった。

「驚かすなよっ!」自分の臆病な性格を、改めて痛感させられる散歩となった。。。

見えないということが、こんなにも恐怖心を増幅させるとは思ってもいなかった。そして寒さが、これ程までに、心細くさせるものだという事も。。。


そんなマモルの気持ちとは裏腹に、リードが切れんばかりに前へと進む愛犬のシロ。小型の雑種で、もう高齢なのだが、まだまだマモルよりも逞しかった。


「おい、シロ!あんまり急ぐなよ~!暗くて、よく見えないから、木にぶつかっちゃうじゃないか~」
足元の枯れ草や、木の枝をピョンピョンと小気味よく飛び越えながら、シロは楽しそうに前進し、マモルを引っ張っていった。。。


「シロにとっては、アスファルトの道よりも、森の中のほうが変化や刺激に満ちていて楽しいのだろう...」暗闇の中で、薄っすらと白く浮かび上がっているシロを見つめながら、マモルは思った。

やがて遠くの木々の隙間から、夕陽が射しこんでいるのが見えてきた。。。「ようやく、森の暗闇から解放される。。。」マモルの心に、やっと余裕が生まれ始めた。


その時、シロが急に前進するのを止めて、その場に座り込んでしまった。あれほど、マモルを引っ張り続けていたシロが、まるで別の犬に摩り替わったように。。。


「シロ、どうしたんだ?疲れちゃったの?ほら、あそこが森の出口だよ!もう一息さ。。。シロ、頑張ろうぜ!」
マモルは、シロの傍に座ると、小さく柔らかなシロの背中を優しく撫でながら、そう語りかけた。マモルの手のひらから伝わってくるシロの温もり。。。

「自分が飼い主であるというのは、人間の勝手な思い込みであって、むしろ、シロのほうが、臆病で頼りない自分を、今日まで励まし引っ張って来てくれたんだ。。。」
シロの姿を見ているうちに、そんな思いがマモルの心に湧きあがってくるのだった。

だんだんと暗闇に目が慣れてくると、シロが右の前足を宙に浮かせているのが見えた。マモルが、シロの前足を触ろうとすると、シロは小さく鼻声で鳴き嫌がった。

「シロ、足の裏に棘でも刺さったのかな?これじゃ、歩いてくれそうにないなぁ。。。」足を痛がるシロを見て、マモルは呟いた。

この暗さでは、たとえ足の裏に棘が刺さっていたとしても、抜いてあげることは出来そうにない。
そうこうしている間にも、太陽は刻々と地平線に向かって沈んでいく。。。森の中の気温は、かなり冷え込んできていた。

「よし、シロ、兄ちゃんが、抱っこしてやるからな!」マモルは、とにかくこの森から外へ出ることを考え、座り込んでいるシロを抱き上げたのだった。

生後間もなく、空き地に捨てられていたシロ。。。母と共に病院から帰宅途中だった幼いマモルは、そんなシロを見つけて近づき、抱き上げたのだった。マモルが、とても嬉しそうにしている姿を見た母は、シロを家に連れて帰ることに決めたのだった。。。


「久しぶりの抱っこだけに、シロは嫌がるのではないか?」と、心配したマモルであったが、シロは現状を把握しているのか、素直にマモルの懐に抱え上げられたのだった。

小型犬といっても、マモルには、かなり重く感じられた。それと同時に、シロの温もりが、たまらなく愛しく思えたのであった。。。

マモルは、息を切らしながらも歩き続け、ようやく森の外へと出ることが出来たのだった。

アスファルトの路上に出ると、マモルは抱きかかえているシロの顔を見た。するとシロも、円らな瞳でマモルを見上げていた。


マモルは、ゆっくりと座ると、膝の上に載っているシロの右前足を眺めた。すると、肉球の真ん中に、なにかの植物の棘が刺さっているのを見つけたのだった。

辺りは、かなり暗くなっていたが、マモルは目を凝らして、慎重に棘をつまむと、さっと引き抜いた。

「ほら!シロ、棘を抜いたから、もう大丈夫だよ!」マモルは、そう言うと優しく頭を撫でてシロを路上に降ろしたのだった。

初めのうちは、痛みが残っているのか、右足を浮かせていたが、徐々に歩けるようになっていった。

「シロ、家まで競争だ!いくぞ~、よ~い、スタート!」マモルは、シロにそう言うと、家に向かって走っていった。その後を、シロも負けじと追いかけていった。。。


沈みかけている夕陽が、マモルとシロのシルエットを、細長く路上に映し出していた。やがてそのシルエットは、道の彼方へと消えていったのだった。。。。






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