ショートストーリー359 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」
「キャンドルの炎が不規則に揺らめいているのを、ただ、ぼんやりと見つめていたら、夏の日の思い出が、走馬灯のように甦ってきたの」

そんな一文で始まったユリからのメール。自分は現実主義だと言っていた割りには、どことなく感傷的な雰囲気であった。。。

シゲルは、このメールに、いつもと違う何かを感じ、すぐユリに電話を掛けたのだった。。。

いつもなら7、8回のコールで電話に出るユリが、今回は3コールで出た。

「もしもし、俺だけど。。メール、読んだよ。何かあったの?」いつもより、シゲルは、ほんの少しだけ優しい声で訊いた。

「別にぃ。。。柄にもない事を書いて、驚いた?」その声から、沈んだ様子は感じられず、シゲルは少し安心した。

「いいや、驚かないよ。だって、ユリは気まぐれだもん。。。」シゲルは普段の調子で、そう言った。

その日、二人は、いつもより長めに話をした。どちらかが話し終えると、また、一方が話し始める。そんな感じで、穏かに時間が過ぎていった。


11月下旬、ユリの住む街で、少し遅めの秋祭りが行われた。山車が数台、小太鼓や笛でお囃子を奏でながら町内を練り歩く。駅前には幾つもの出店が並び、店先では子供達が物欲しそうに眺めていた。

駅に降り立ったシゲルは、ユリのアパートに向かった。駅から歩いて3分のところにあるアパートで、訪れるのは、これで2度目だった。

部屋のチャイムを鳴らすと、ユリは驚いた顔で出迎えた。どうやら約束の時間を一時間遅く勘違いしていたようだった。

「また出直そうか?そこら辺、歩いてくるから」シゲルが冗談半分で、そう言うと、ユリは「そうしてくれる?」と、真顔で言い、ドアを閉めた。

「マジかよ...」シゲルが、そう思った瞬間、すぐにドアが開き、「冗談だよっ!」と、微笑みながらユリが言った。

恋人関係ではあるが、ユリの部屋に入るのは、何となく気が引けるシゲルであった。

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陽が西に傾き、街が黄昏色に染まり始めた頃、二人は揃って祭り見物に出かけた。さっきよりも人出が多くなって、街は賑やかさを増していた。

午後6時、全部で7台の山車が集う交差点の周りには、大勢の人々が集まり、山車が来るのを、今か今かと待ちわびていた。

「ここのお祭り、いつもこんなに賑わうのか?」初めて、この街の祭りを見に来たシゲルは、隣りにいるユリに訊いた。

「うん。でも今年は、いつもより観客が多いみたい。不景気の年ほど、祭りは盛り上がるのよ。昔から、ここはそうなの。。。みんな、祭りを見て元気になりたいって思うのかもね」

幼少の頃、この街に移り住んだユリは、毎年欠かさず祭りを見てきた。
ユリの両親は5年前から、カナダのバンクーバーに移住している。商社マンだった父は、早期退職をして、長年の夢であった寿司職人の道を選んだのだった。

今年の春からは、ユリの兄、ミツオも寿司職人として加わり、寿司店は大繁盛しているらしかった。

「ユリも、カナダに来たらどうだ?」先日、ミツオからの国際電話でそう言われたユリであったが、「私には、ペットショップの店員のほうが性に合ってるし、それに、大切な人がいるから」と、答え断ったのだった。


午後6時。この街で一番大きなこの交差点に、いよいよ7台の山車が終結し、お囃子を奏でながらグルグルと回転する見せ場がやってくる。。。


「ドンドコ、ドンドン!ドンドコ、ドン!ピ~ヒャラ、ピ~ヒャラ、ピ~ヒャララ~」四方八方から元気のいいお囃子の音色が近づいて来た。見物人が多い為、小柄なユリは、前方が見えにくい状態になっていた。

さらに二人の目の前には、いつしか大柄な外国人が割り込んでいたのだ。

「え~っと、エクス、、エクスキュ~ズミ~!前が見えないって、英語でなんて言うんだ?」
シゲルは外国人に、背後から声を掛けたが、途中で英語が分からなくなり、ユリに訊いたのだった。

「シゲル、いいよ、もう。変な英語で意味を誤解されて、怒り出したら嫌だし。。。」振り向いて睨んでいる外国人を横目で見ながら、ユリが言った。

「それじゃ、俺がユリのこと、おんぶしてあげようか?それとも肩車しようか?」その顔は、真面目そのものであった。

「この歳で、それは無理、無理。。。でも、ここじゃ見えないよ~」ユリは、さすがに断ったが、せっかく二人で見に来たのに、祭りのハイライトを見ることが出来ないのは嫌であった。

すると、そんな二人を見ていた外国人が、ようやく二人の気持ちを理解したらしく、急に微笑むと、「アイム ソーリー、 プリーズ カム ビフォー」と言った。

「え?なんだって?」シゲルが不思議そうな顔で、そう言うと、ユリは「こっちの気持ちが通じたみたいよ。。この外人さんがね、『ごめんなさい、どうぞ前に来てください』って、言ってくれてるの」と、シゲルに通訳したのだった。

「サンキュー!サンキュー!ベリーマッチ!」シゲルは、唯一話せる英文を上機嫌になって言うと、ユリと共に前のほうに移動した。

「俺の英語も、まんざらでもないな!な?ユリ」嬉しそうに、シゲルが言った。

「え?そ、そうだね、、はははっ」シゲルの英会話力というより、ジェスチャーで通じたようなものだったが、シゲルの満足そうな顔を見て、ユリはそう答えたのだった。


いよいよ、山車が交差点の中央に集結し、大きな円を描いて回り始めた。色とりどりの幕が張られた山車は、モノトーンな色調の街の中で、ひと際華やかであった。


「また来年も、二人で見に来れるかな?」ユリが、呟くように言った。すると、少し間を開けてシゲルが答えた。

「来年も再来年も、、、俺とユリがいて、この祭りが続く限り、見に来れるさ!」


ユリは、そんなシゲルの顔を見上げながら微笑むと、シゲルの腕に、そっと頬を寄せたのだった。。。






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