ショートストーリー322 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」
「もっともらしい事を言う奴に限って、挨拶の一つも出来ないもんだ。お前の恋人だって、その類だろ!?」

メグミの父親は、不機嫌そうな表情で晩酌をしながら、そう言った。

「お父さん、まだ会いもしないくせに、なんで、そんなふうに決め付けるの?!彼は常識のある、ちゃんとした人よ。お父さんより、ずっと穏かで思いやりのある人よ!」

普段と違って、今日は厳しい口調で反論するメグミであった。

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「父親と自分の恋人を比較するとは、いったい何様のつもりだ!いいか、メグミ!その男、わしは絶対に認めんからな!どうしても、そいつと一緒になりたいと言うのなら、もう、この家の敷居を跨ぐことは許さん!」

ただでさえ高血圧気味の父親は、顔を真っ赤にしながら、そう怒鳴った。。。

「もういいわ!父さんには、何も言わないから!」メグミは、相変わらず強気の姿勢で、そう言い放つと、立ち上がって居間から出ていった。。。


幼い頃、両親が離婚し、父子家庭で育ったメグミは、近所でも評判の父親思いの娘であった。高校時代と専門学校時代、とても仲の良いボーイフレンドがいたが、父親のことを考えると、メグミは交際を進めていく気分になれなかった。

そんなメグミは子供の頃から、家事と学校、仕事を両立させながら、恋心に蓋をして生きてきたのだった。。。

「もう少し聴く耳を持っているかと思ったら。。。あれじゃ、話にもならないわ!」表に出て夜風を浴びながら、メグミは呟いた。


翌日、いつものようにメグミが会社に着くと、すぐに先輩のユミコが声を掛けてきた。

「おはよっ!ねぇ~、昨日さ~、私、帰りに見ちゃったんだよね~」更衣室へと向かうメグミに、擦り寄るように付いて行きながら、ユミコが笑みを浮べて言った。

メグミは、気にも留めない様子で微笑みながら、何も言わずに制服へと着替え終ると、ロッカーに鍵を掛けた。

そして、ようやくユミコの顔を見つめると訊いた。
「見ちゃったって、、、、一体、何をですか?」

社内でも意地の悪いことで知られ、若い女子社員からは嫌われているユミコだけに、メグミはユミコが言わんとしている事が何なのか、大体見当がついていた。

どちらかと言えば普段は静かなメグミが、面と向かって訊いてきたので、ユミコは少し動揺した。

「だから、見ちゃったのよ。。。あなたの彼氏を。。。」ユミコは、メグミの心を弄ぶような口ぶりで言った。

「私の彼?ユミコさん、私の彼氏の顔、なんで知っているのですか?紹介した憶えはないですけど...」

確かに、ユミコがメグミの彼氏を知っている筈がなかった。ただ、メグミに彼氏がいることだけは、メグミの同僚から聞き出して知っていたのだった。。。

メグミを、からかうつもりだったのに、逆に盲点を突かれたユミコは、視線を逸らしながら言った。

「あはははっ、な~んだ、もっと焦るかと思ったのに~!さすが冷静なメグミさん。今日も頑張りましょう!」
ばつが悪くなったユミコは、作り笑いをしながらそう言うと、更衣室を出て行ったのだった。。。

「なんなの?ば~か。。。意味わかんない。。。だから嫌われるのよ」更衣室のドアを見つめ、メグミは呟いた。


勤務時間が終わり、久しぶりに定時で帰れることになったメグミは、会社を出た所でメールを送った。送信先は勿論、恋人のマサユキであった。

「マサユキ、今日、会えないかな?私、いつものカフェで待ってるから。。。。もしも無理だったら、メールちょうだい。。。メグミより」

そう打ち込まれたメグミからのメールを、5km離れたオフィスビルにいるマサユキの携帯がキャッチした。


メグミは、待ち合わせ場所のカフェで、ホットミルクを飲みながら、昨晩の父親の言葉を思い出していた。

「父さんに怒られてもいいから、そのうち、マサユキを会わせてみようかな...」
直に、マサユキを父親に会わせる事で、父親が思い描いている彼への固定観念を変えさせようと、メグミは思ったのだった。。。


やがて、20分が経過した時、メグミの携帯にマサユキからのメールが着信した。

「メグミ、ごめん!今日は会議が夜遅くまで長引きそうなんだ。会いに行きたいのは山々なんだけれど。。。明日は、たぶん大丈夫だから。俺から連絡する」

そう打ち込まれたメールを読み終えると、メグミは一つ、溜め息をついて腕時計に目をやった。

「6時かぁ。。。仕方ない。。。頑固な父さんが待つ家に帰るか。。。」父親の夕食は、メグミが早朝に起きて用意し、冷蔵庫に入れてあり、レンジでチンするだけで食べられるようになっている。

長年、ずっと続いてきた父と娘の生活パターンであった。。。

カフェの外に出ると、いつになく星空が綺麗に見えた。

「星の数ほど男はいる....かぁ。。。だから、たった一人の大切な男に出会うのは難しい。。なんちゃって!」

メグミは星空を見上げながら、心の中でそう言うと、一瞬だけ笑みを浮べて、帰宅の途についたのだった。。。





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