ショートストーリー323 | 丸次郎 「ショート・ストーリー」
「君を愛する気持ちは、ずっと変わらない。。。いや、むしろ日増しに強くなってきている。。。もう自分に嘘をつきたくないんだ」
カズヤは、そう言うと、ハルエの手をそっと握った。

「だめよ...私、まだ心の整理がついてないの」ハルエの心は、寄せては返す波のように揺れていた。。。

「心の整理なら、この俺がつけてあげる...ハルエ、まだ、前の恋を...」カズヤは、熱い眼差しでハルエを見つめると、手を更に強く握り締めながら言った。

「そんなことない...前の恋を引きずりながら、新しい恋なんて出来るわけないじゃない。カズヤ、あんまりだわ。。。」

ハルエは少し寂しげな瞳で、握られた手を見つめ、そう呟いた。。。

$丸次郎「ショートストーリー」

レースのカーテン越しに、柔らかな陽射しが差し込んでいるカズヤの部屋で、ハルエは葛藤する自分の心と向き合っていた。

「だって、、、君は、あまりにも魅力的すぎるから、俺、いつも心配なんだよ」ハルエの目を、じっと見つめたまま、カズヤは言った。

するとハルエは、少しだけ微笑んで、カズヤと視線を合わせたのだった。歯が浮いてしまいそうな言葉でさえも、カズヤから言われると、不思議と心に沁みてくるのだった。

「じゃぁ、俺は、そろそろ仕事に行くよ。ハルエはどうする?」

「私も、出かけるわ。街に用事もあるし...」

二人は揃ってアパートを出ると、カズヤの車で街に向かった。昨夜遅くまで降っていた雨の痕跡は、街の中には見当たらなかった。

あっという間に乾いてゆくアスファルト。。。それは、まるで自分の心のように、カズヤには思えた。

大きな交差点で信号待ちをしていると、目の前の横断歩道を、カズヤにとって見覚えのある女性が歩いてきたのだった。

ハルエが知るはずもない女性なのに、その女性が視界から消え去るまで、カズヤの気持ちは、なぜか落ち着かなかった。

薄いピンクのワンピースを着たその女性は、以前、カズヤと口論の末に別れた女性であった。気性の激しい性格で、何かというと、すぐに感情的になるタイプの女性であった。

それでもカズヤは、その女性のことが大好きだった。。。愛していた。しかし、カズヤの優しさと思慮深さが、その女性には、たまらなくもどかしく歯がゆかった。

穏かなハーブティより、ウォッカのように熱い情熱を、その女性は欲していたのかもしれない。。。

カズヤが、助手席のハルエを横目でチラッと見てみると、すっかり晴れ渡った青空を見上げて、鼻歌を口ずさんでいた。

「なんか、ご機嫌だね?」カズヤが微笑んで語り掛けると、ハルエは黙ったまま微笑み返した。

信号が青に変わり、ゆっくりと左折すると、ホームセンターの駐車場に入り、車を停めた。

「ありがとう。お仕事頑張ってね!」ハルエは、笑顔でそう言うと、車から降りた。

「ああ。帰りは?」

「バスに乗って帰るから大丈夫。夕食作って待ってるね」

「うん。ありがとう」

走り出した車のサイドミラーには、いつまでもカズヤを見送るハルエの姿が映っていた。

「俺達、まるで呼吸のようだね。。。吸って、吐いて、吸って、吐いて。。。どちらか一方を止めてしまうと、苦しくなる。二つの動作で、一つの形になる。それを続けながら生きてゆく。。。お互いを補いながら」

カズヤは、そう思いながらカーラジオをONにした。流れてきた曲は、奇しくも前の彼女が好きだったポップスであった。

その曲を聴いていたら、前の彼女が別れ際に、カズヤに向かって言った言葉が、ふと脳裏に甦ってきたのだった。

「いくら暖かな陽射しと優しい雨水があっても、しっかりと根を張ることが出来る大地がないと、植物は枯れてしまうの。。。私、陽射しや雨水は充分だったわ。。。だけれど、あなたは私の大地には、なってくれなかった。。。」


ハンドルを握るカズヤの手には、おのずと力が入り、そして心の中で呟いたのだった。。。

「今度こそ、大地になってみせるよ。。。ハルエが、しっかりと根を張れる大地に」





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