8月28日・29日の2日間、フレスポ八潮で「日本酒祭」が開催されました。
埼玉県内の酒蔵が集まり、試飲や杯売りを楽しみながら、造り手と直接話ができるイベントです。ピザやから揚げなど、気軽につまめるおつまみの販売もあり、その隣にはイスを並べたコーナーも。おつまみを片手に、ゆっくりくつろぐ人の姿も、このイベントらしい景色です。


 

埼玉の酒蔵と出会う2日間

初日の28日は、駅前公園で「八潮夜市」も開催されていたこともあり、昨年の2日間の人出約1600人に迫る1500人を超える来場者で賑わいました。酒蔵のブースを巡る人、おつまみを囲んで楽しむ人――会場全体が活気に包まれ、賑わいまで肴に味わうような楽しさがありました。
二日目の29日は、前日とは少し違った空気が流れていました。
人の流れも少し落ち着き、酒蔵のブースで蔵人とじっくり話し込む人の姿が印象的でした。

会場でひときわ人気を集めていたのが、「KEG DRAFT(ケグドラフト)」の試飲です。
専用のサーバーから注がれる日本酒について、主催者の方から「搾りたてのおいしさを、そのまま味わえるお酒です」と伺いました。
KEG DRAFTは、搾りたての生酒を特殊な容器に充填し、空気や光に触れにくい状態のまま提供する仕組み。搾りたてのフレッシュな味わいを、手ごろな価格で試飲できるのも、日本酒祭ならではの楽しみです。

そんな中、散歩の途中でふらりと立ち寄った若い女性がいました。普段、日本酒はほとんど飲まないそうです。

無料試飲で勧められた一杯を口にすると、「スッキリしていて飲みやすい」とひと言。気に入ったお酒を手に、会場を後にしました。
日本酒を普段飲まない人でも、気軽に味わえる一杯をきっかけに、新しい一本に出会える。そんな場面が印象に残りました。

熊谷、小川町、羽生、飯能、さいたま市――。
県内各地から集まった酒蔵の酒を、八潮にいながら飲み比べられる2日間。
同じ埼玉県の酒でも、蔵によって味わいも、酒造りの背景も違います。

 

いつもとは違う、 これまで自分では選ばなかった一本、 新しいお気に入りに出会える。
日本酒祭の楽しさは、試飲して味を確かめることだけではなく、造っている人の言葉を聞き、蔵元のこだわりや、その酒が生まれた風景さえ感じながら、
自分だけの一本に出会っていくことにもあるのだと感じました。

日本酒を飲むことが目的だったとしても、そこで造り手と話し、酒の背景を知ると、一本のお酒の見え方が少し変わります。
にぎやかな初日と、ゆっくり言葉を交わせた2日目。
八潮にいながら埼玉の酒蔵を訪ね歩くような、そんな2日間でした。

 

イベントから生まれた酒蔵ツアー

ここで、昨年の「日本酒祭」から生まれた、その後のエピソードをご紹介します。
イベント終了後、市内の居酒屋で、お客さんとの会話から酒蔵見学の話が持ち上がりました。
飲みながらの語らいがきっかけとなり、実際に酒蔵見学ツアーへ。
約40人で中型バスを貸し切り、小川町の松岡醸造へ向かいました。
蔵見学や利き酒を楽しみ、昼食は醸造所併設のレストランへ。酒造りに使われる仕込み水で炊いたご飯をいただき、直売所で買い物をした後は、帰りに川越散策も楽しんだそうです。
「イベントから酒蔵ツアーにつながった時、それが僕らの一番の仕事。本当の意味で生産者と消費者をつなげることなのだと感じました」そんな言葉が印象に残りました。
日本酒を販売するだけではなく、造る人と飲む人をつなぐ。その先に、実際に酒蔵を訪ねるという新しい交流が生まれていました。

 

家族で来られるイベントに

一方で、今回のイベントでは、ノンアルコール飲料などをあまり扱うことができなかったそうです。
「家族で来られるイベントにしたい」そんな思いもお聞きしました。
「子どもが一緒に来て、ジュースを飲んで楽しんでくれれば。その間に大人はゆっくり蔵人との話をすることもできます」
運転して来た人や、お酒を飲めない人も、ノンアルコールなら一緒に楽しめます。
今回、車で訪れて試飲を楽しめたのは、唯一、健康酢「ビワワン」でした。美容と健康にも良さそうで、おいしくいただきました。
だからこそ、次回は酒蔵ならではの本格仕込みの甘酒なども、ぜひ味わってみたいところです。
子どもも、お酒を飲まない人も、運転する人も――。
家族みんなで楽しめる「日本酒祭」になれば、さらに多くの人が酒蔵や日本酒に親しむきっかけになりそうです。

 

八潮で、もう一度味わう

「美味しかった。また飲みたい」
そんなお酒に出会ったら、大久保屋さんに問い合わせてみてください。
大久保屋さんは、全国から選りすぐったお酒を揃えていることでも定評があります。
イベントで出会った一本を、今度は自宅で味わってみる。
そんなふうに、日本酒祭の楽しみが、イベントの2日間だけで終わらず、日々の暮らしへとつながっていくのも、いいなと思いました。


 

有限会社大久保屋

埼玉県八潮市鶴ケ曽根2014
電話 : 048-996-8333 9:00~19:00
定休日 : 毎週日曜日

*ホームページ
*Instagram
 

 

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● 地元さいたまの酒蔵がフレスポに集合。話せる・試せる・飲める・買える、お気に入りの一本を!(2025年8月17日)

 

 

2026/9/13(日)
八潮市オンライン『やしおん』のレポートとして公開されています
サポーターWEBライター  yuko.N


7月31日
大曽根教室にて撮影

今年5月にはテレビ番組でも紹介され、関心を持ったから問い合わせが寄せられるなど、ひょうたんアートの魅力が少しずつ広がっています。

今回は、大曽根に移転した「ひょうたんアートsino」さんの新しい教室を訪ねました。

イオン八潮南店近くの大曽根教室

ひょうたんアートsinoさんの教室は八潮市と三郷市の2か所にあります。

八潮教室は昨年11月、南川崎から大曽根へ移転しました。以前はご自宅の一室で開かれていましたが、現在はイオン八潮南店近くの建物2階にあります。


7月31日大曽根教室にて撮影

築63年の建物は想像以上に傷みが激しく、自分達で内装をリノベーションされたそうです。「まだ手の回らないところもあるんですよ」と話されていましたが、教室内は明るく居心地の良い空間でした。

以前は6人でいっぱいだった教室も、現在は8人がゆったり制作できる広さになっています。

 

ひょうたんが生み出す、やさしい光とぬくもり

ひょうたんアートが灯すやさしい光は、暮らしの中に、ほっとくつろげる時間を届けてくれます。部屋に置いて灯りをともすと、ひょうたんに開けられた無数の小さな穴から光がこぼれ、壁や天井にやさしい模様が映し出されます。まるで部屋全体が、ぬくもりに包まれた癒やしの空間へと変わっていくようでした。

灯りだけでなく、置物や時計、スピーカーなど、作品の楽しみ方もさまざまです。スピーカーから流れる音はどこか柔らかく、木製の楽器を思わせるような温もりが感じられました。


7月31日大曽根教室にて撮影

作品には、ポップで楽しいデザインのものもあれば、落ち着いた色合いで、深い趣を感じさせるものもあります。

そんな作品を手に取ってみると、見た目からは想像できないほど軽く、手触りも温かく優しく感じられました。


受賞作品、7月31日大曽根教室にて撮影

ひょうたんというと、千成瓢箪や縁起物を思い浮かべる方も多いかもしれません。

実はその起源はアフリカ。1万年以上前から栽培され、水を運ぶ容器や楽器として世界中で利用されてきた植物です。

 

ひょうたんの加工にはルーターに専用ドリルを取り付けて行います。

ルーターを持たせていただくと、最初は振動で先端が滑ってしまいましたが、力を入れなくても小さな穴が開きました。

 

種から育てるひょうたん

笹原先生は、教室で使うひょうたんを地元で畑を借り、自ら種から育てています。


2025年8月4日、笹原先生の瓢箪畑にて撮影

春に種をまき、摘芯や人工授粉を繰り返しながら一つひとつ大切に育て、受粉した日付をタグで管理。収穫まで約50~70日、実の傷を防ぐため葉を落としたり、支えを工夫したりと、手間を惜しみません。


2025年8月4日、笹原先生の瓢箪畑にて撮影

収穫後も、水に漬けて中身を取り除き、アク抜きや漂白、乾燥を経て、ようやく作品づくりに使える素材になります。毎年300個以上を真夏に処理する作業は、「とにかく臭い!」と笑います。


作品づくりを待つひょうたん、7月31日大曽根教室にて撮影

5月に小さな実がつくと「本当にかわいいんですよ。大きく育て!って思うんです」と笹原先生。その深い愛情が、一つひとつの作品にも込められているようでした。

棚いっぱいに実った大小さまざまなひょうたん。その一つひとつに、先生の手間と愛情が注がれていました。

 

寺子屋相頓寺展覧会のご案内


ひょうたんアートsino様よりご提供

寺子屋相頓寺展覧会

 ~灯りと花が織りなす、やさしい時間~

HyoutanArt sino & Flower Design Ilien fleur
アクセス:埼玉新都心交通ニューシャトル原市駅、徒歩5分
 ☆駐車場は台数に限りがあります。公共交通機関のご利用をお願いします。

2026年8月11日(火)~ 8月16日(日)

 ☆笹原先生は11日、14日、15日、在廊予定

  • 会場:相頓寺客殿(上尾市五番町14-2)
  • 時間:11時~16時 ※初日のみ13時~
  • 問い合わせ:048-721-3201、または公式LINEより

相頓寺は、永徳2年(1382年)に開山された、長い歴史を持つ由緒あるお寺です。

昨年初めて出品された「ひょうたんアートsino」さんの作品はとても好評で、今年もIlien_fleur(イリアンフルール)さんとのコラボレーション展示が行われます。

歴史ある寺院という特別な空間の中で、いつもとは少し違う表情を見せるひょうたんの灯り。心を癒やすやさしい光を、ぜひ味わってみてはいかがでしょうか。

 

笹原先生の教室、ご紹介

埼玉県で唯一のひょうたんアート教室を開かれている笹原先生。

畑でひょうたんを種から育て、収穫、加工まで、作品づくりに必要なすべての工程をていねいに行っています。
ひょうたんへの愛情あふれる作品と、気さくで温かな人柄が魅力の先生です。
講師:笹原 常子
八潮市文化協会会員、全日本愛瓢会会員

  • 八潮市大曽根教室:埼玉県八潮市大曽根271-202(毎週金・土曜日 13時〜15時)
  • 三郷市彦成地区文化センター:埼玉県三郷市彦野1-161(第3水曜日、13時半~15時半)

お問い合わせ:090-3207-7034

どちらの教室も、
電動ミニルーター、 インクダイ、 その他必要教材は自由にご利用いただけるようです。

詳しくはホームページをご参照ください。
インスタグラムでは、イベントやひょうたんの様子などを見ることができます。

 

関連記事:いやしの灯りがくらしを優しく包んでくれる「ひょうたんアートsino」イベントや教室もご紹介(2025年8月8日)

 

 

2026/8/12(水)
八潮市オンライン『やしおん』のレポートとして公開されています
サポーターWEBライター  yuko.N

2026年7月5日、「たけパー」で開催された「第1回 竹の塚七夕祭」を訪れました。
竹の塚の商店街で長年親しまれてきた七夕祭を「終わらせたくない」と願った4人の話し合いから、この「第1回竹の塚七夕祭」が生まれました。
開催場所「たけパー」は、2026年4月14日、竹ノ塚駅に近い、高架下に整備された交流拠点です。

 

どうして七夕祭? (たけトピのお知らせ参照)

たけトピのナオコさんが、取材の中で知ったこと。
25年前には、盛大に開催されていた七夕祭りが、しだいに縮小され、今年終わろうとしていること。そんな時、たけのつカー&パーク(たけパー)がオープンしました。たけパーは、「やってみたいをかたちに出来る場所」。そこで、「この場所で七夕祭を開こう」という発想が生まれました。

このまちで暮らし、地域のお店や人々と、ていねいに取材や交流を続けておられるナオコさんならではの、地域を大切に思う気持ちが、そのスタートにあったのだと感じます。

 

ナオコさんとのご縁はヤフーのライター時代でした

知り合った時には、ナオコさんは「竹の塚情報局たけトピ」の活動を始められていました。
地域のお店や人を丁寧に取材し、その魅力を伝え続ける活動を、いつも素敵だなと思っていました。
そんな「竹の塚情報局たけトピ」が主催された「竹の塚七夕祭」が、「たけパー」で開催され、どうしても見たくなって出かけました。

 

はじまりは4人

この場所で七夕祭を開こうという思いに共感してくれた人と一緒に、とにかく話し合ってみることにしました。その話し合いから、たくさんのアイデアが生まれました。
竹の塚を取材して回りながら七夕祭の話を伝えていくうちに、協力する運営メンバーは28人にまで広がりました。

 

第1回 竹の塚七夕祭、開催

第1回竹の塚七夕祭の会場は、4月にオープンしたばかりのたけパーです。
竹の塚の七夕祭が形を変え、新たな一歩を踏み出しました。
「このままでいいのかな」という思いが地域を動かし、 かたちになったイベントです。

 

その会場には、60人が持ち寄ったフリーマーケット

家族や友人同士がシートを広げ、それぞれのお店を並べていました。
子ども服やおもちゃなど、誰かにとって不要になったものが、別の誰かの「ほしいもの」になる。そんなフリーマーケットならではの温かな雰囲気がありました。

 

超ウルトラスーパーロング七夕輪っかづくり

104m40cm、約2,600個の輪っか(主催者より)
この七夕飾りは、竹の塚でアート教室をされている、やわらかアートアカデミーさんによって、アート作品へと生まれ変わる計画もあるそうです。
子どもたちが一つひとつ輪をつないでいく様子を見ていると、2,600個もの輪っかが繋がっていったこと自体に、温かく大切な力があるように思えてきます。

 

七夕といったら、笹飾り


(トレーラーハウスのグルメスペースと笹飾り)

撮影時には何枚かの短冊が飾られているだけでしたが、イベントが終わるころには、色とりどりの願いが笹いっぱいに結ばれていました。そんな様子を見ていると、願いが届きそうな気がしました。
笹は、足立区の島根鷲神社から譲り受け、7月9日に奉納されたそうです。

 

たけのつカー&パーク:たけパー

七夕祭の会場となった「たけパー」は、2026年4月に竹ノ塚駅高架下にオープンした地域交流拠点です。かつて「開かずの踏切」が地域を分断していた場所は、高架化によって新しい空間へと生まれ変わりました。
その場所で人が集い、新しい七夕祭が始まったことに、このまちの新しい物語を感じました。

 

イベントを通じて感じたこと

  地域の行事は、誰かが用意してくれるものではありません。
「続けたい」「残したい」と願う人たちが集まったとき、新しい形で受け継がれていくものなのだと感じました。


「第1回 竹の塚 七夕祭」

 日時:7月5日(日曜日)10時〜16時
 場所:たけのつカー&パーク(足立区西竹の塚2-8竹の塚駅高架下)
 主催:竹の塚情報局たけトピ
 後援:竹の塚東口商店街振興組合

 

 

2026/8/3(月)
八潮市オンライン『やしおん』イベントレポートとして公開されています
サポーターWEBライター  yuko.N

ハス池(東京都水産試験場養魚場跡)


7月3日撮影

小合溜の東側にある第二駐車場に車を止めると、その奥に水辺の生きもの館が見えてきます。建物を回り込んだ先に広がるのは、淡いピンク色に染まるハス池。思わず歓声を上げたくなるような美しい景色が迎えてくれます。

ここは、かつて東京都水産試験場養魚場跡の池。現在は、都内屈指のハス(和蓮)の名所として、多くの人が訪れています。

 

ハスの花がもっとも美しく咲くのは、朝の7〜9時頃といわれています。
一日のうちでいちばん大きく花びらを広げ、色と香りが際立つ時間です。
朝にそっと開き、昼には静かに閉じる姿を数日間くり返し、4日ほどでその一生を終えます。


7月3日撮影

1日目は、花びらが少しだけ開く初咲きの姿。
2日目には大きく花開き、最も華やかな姿を見せます。
3日目はさらに堂々と咲き、花粉も多く見られます。
4日目になると花びらが散り始め、シャワーヘッドのような形をした花托(かたく)が残ります。


7月3日撮影

そのため、ハス池では初々しい花から満開の花、散り際の花まで、毎日さまざまな表情を楽しむことができます。
 
ハス池を歩いていると、ふと甘く上品な香りが漂い、思わず爽やかな朝の空気を胸いっぱいに吸い込みたくなりました。

ハス池の奥には、7月と8月にのみ公開される「オニバス池」と「ごんぱち池」があります。「ごんぱち池」では、全国的に生育地が減少しているアサザに出会うことができる貴重な場所です。
 

「ごんぱち池」のアサザ


7月4日撮影

少し離れた水際では、小さな黄色い花がまっすぐに花びらを広げ、静かで優しい風景が広がっていました。職員の方が花の数を数えておられ、この日は約1,500輪以下とのこと。最盛期には1万輪を超える花が咲くこともあるそうです。アサザの見頃は、まだこれから。池いっぱいに黄色い花が広がる景色に出会える日が楽しみです。
 
アサザが見られる「ごんぱち池」の公開は、午前9時から10時までの1時間だけ。しかもアサザは一日花で、朝に開き始め、午後、または暑い日には午前中のうちに閉じてしまうといいます。

少し早起きして、この時だけ出会える可憐なアサザを訪ねてみませんか。朝の水面に咲く、小さな黄色い花が迎えてくれます。


7月4日撮影

かつては各地の池や沼で見られましたが、水質の悪化や護岸整備などにより、生育地は年々減少しているようです。だからこそ、水元公園で大切に育てられたアサザが花開く風景は、とても貴重なものといえるでしょう。

 

「オニバス池」


ハス池奥の「オニバス池」7月3日撮影

ここは少し不思議な世界!
ハスの華やかな美しさ、アサザの可憐さとはまた違い、オニバスには力強い生命力を感じます。


紫色に見えるのは、若い葉に押しのけられて裏返った両側の葉の裏面です。7月3日撮影

若い葉は先に開いた葉を押しのけながら水面へと広がり、花芽の上に葉があれば、その葉を突き破って顔を出し花を咲かせます。自然のたくましさに驚かされる光景です。


7月3日撮影

花は小さな紫色ですが、咲き始めの1日目は白っぽい雌花として夕方から夜にかけて開きます。そして2日目には雄花となり、その役目を終えてしぼんでいきます。

オニバスは一年草です。毎年秋には枯れ、翌年は種から新しい命が育ちます。今年は順調に生育し、たくさんの花を咲かせていますが、生育状況によっては公開されない年もあるそうです。それだけ、その年の自然環境に左右される植物でもあります。


オニバス池の入口付近には、葉に触れる展示があります。7月3日撮影

葉の表面には想像以上に鋭いとげが並び、その鋭さに驚きました。葉の表裏や花芽を覆う苞にもとげがあり、カモなどの水鳥や植物を食べる魚などから身を守っていると考えられています。オニバスには野生で生き抜くための知恵が詰まっていました。

オニバスは環境省や埼玉県などで絶滅危惧種に指定されている、とても希少な植物です。大きな葉や花の不思議な姿だけでなく、その命を未来へつなぐための取り組みにも思いを寄せながら観察すると、また違った魅力に気づくことができそうです。

 

「水生植物園」のハス


7月9日撮影

夏の日差しが戻ってきたこの日、朝6時過ぎに水生植物園へ到着しました。
周辺には大きな木が多く、ハス池は西側から少しずつ朝日を浴び、花が次第に輝きを増していくようでした。水産試験場養魚場跡の池と比べるとアシなども多く、より自然な雰囲気が感じられます。

 

「小合溜」のハス


7月9日撮影

グリーンプラザ奥の「小合溜」では、一面にハスの花が広がり、朝日を浴びてきらめいていました。清らかな白いハスも咲いており、水元公園では数が少ないこともあって、ひときわ目を引く存在です。


7月9日撮影

水辺に近づくと、カモたちが大きな羽音を響かせながら動き始めました。


7月9日撮影

見事に広がる一面のハスの花、爽やかでほんのり甘い香り、そして朝日をいっぱいに浴びて輝く風景。そんな夏の朝ならではの、ゆったりと流れる時間を過ごしてみてはいかがでしょうか。
 
公園でお話を伺うと、「今年は例年より咲き始めが早いですね」とのことでした。
「オニバス池」とアサザの「ごんぱち池」の解放は8月末まで予定されていますが、ハスはすでに見頃を迎えています。
朝の涼しい時間帯に、美しく咲くハスや可憐なアサザ、不思議な魅力をもつオニバスに会いに、水元公園を訪れてみてはいかがでしょうか。

 

2026年の一般開放:7月1日(水)~8月31日(月)

  • アサザ:ごんぱち池 9:00~10:00
  • オニバス:オニバス17号池・18号池 9:00~14:30
  • 花ハスは、いつでも見ることができます。

※ 水産試験場養魚場跡の池・オニバス池・ごんぱち池 から、水性植物園・小合溜の花ハスまでは、経路に寄りますが3kmほどの距離があります。

 

  水元公園

入園料:無料

交通案内:

  •  JR常磐線「金町」・京成金町線「京成金町」から京成バス(戸ヶ崎操車場または西水元三丁目行き)「水元公園」下車 公園入口まで徒歩7分
    ※ 3月~11月(土日祝日) 9:00~16:00金町駅発着で公園沿いを走る循環バス運行。
  • TX八潮駅南口バス乗り場より (金61系統) 金町駅行「水元公園」下車 公園入口まで徒歩7分

駐車場:24時間営業

  • 最初の1時間:300円、以後20分ごと:100円、入庫後12時間最大:1,200円)
    水産試験場養魚場跡の池、オニバス池、ごんぱち池は、第二駐車場が便利ですが、一方通行のため八潮市からは少し遠まわりになります。

問い合わせ先は「水元公園サービスセンター」:03-3607-8321
東京都葛飾区水元公園3-2
水元公園HP https://www.tokyo-park.or.jp/park/mizumoto/index.html

 
 
 
2026/7/15(水)
八潮市オンライン『やしおん』イベントレポートとして公開されています
サポーターWEBライター  yuko.N


銀座四丁目交差点の時計塔(セイコーハウス銀座)6月25日撮影

銀座四丁目の交差点に面した時計塔。
多くの人が一度は見上げたことのある、銀座を代表する風景のひとつです。
その時計塔のルーツが、実は八潮市浮塚出身の人物につながっていることをご存じでしょうか。
今から150年前の明治9(1876)年、京橋区八官町(現在の銀座八丁目)に建てられた「小林時計店本店の時計塔」。


「八官町の大時計」と称された小林時計店本店の時計塔(リーフレットより)

銀座で最初とされるこの時計塔を築いたのが、小林時計店2代目・小林伝次郎でした。
2026年6月7日、八潮市立資料館で開催された、八潮の地名から学ぶ会主催のセミナーからのご紹介です。

銀座初の時計塔150年記念<明治9(1876)年設置>
地名とまちづくりを考えるセミナー
(八潮市)浮塚出身・小林伝次郎と銀座
――時計商の元祖が街の基礎を築いた――

講演「明治期の銀座 ―時計王を競った小林伝次郎と服部金太郎の攻防―」
岡本 哲志(都市形成史家/元・法政大学 教授)


岡本氏の講演の様子、6月7日撮影

明治9(1876)年、小林伝次郎は八官町の本店に大時計を設置しました。
日本はその3年前、不定時法から定時法へ移行したばかり。街の人々にとって、大時計は正確な時を知らせる最先端の存在でした。

小林伝次郎が築いた時計塔は、後の銀座の時計塔文化にも影響を与えていきます。
その頃の銀座には、一人の少年がいました。最初の奉公先は洋品雑貨問屋、小林時計店からほど近い場所にありました。後に世界的時計製造会社となるセイコーグループの創業者・服部金太郎です。
金太郎は若い頃、小林時計店の繁盛ぶりを見て、「時計屋になろう」と決意したと伝えられています。

初代小林伝次郎は、現在でいう彫金師から著名な時計師となり、和時計の時代に活躍しました。
そこへ弟子入りしたのが、浮塚出身の小林伝治郎です。後に養子となって家督を継ぎ、二代目小林伝次郎となりました。初代は伝治郎(幼名)のことを、時計技術だけでなく商才や経営能力も高く評価していたようです。
二代目は商人として頭角を現し、明治維新後には「江戸の七商人」の一人に数えられるまでになります。そして明治9(1876)年、47歳の時に八官町の本店へ大時計を設置しました。


岡本氏の講演の様子、6月7日撮影

その頃、後にセイコーグループ創業者となる服部金太郎はまだ少年でした。
時計店での奉公などを経て、21歳で服部時計店を開店し、独立しています。
成功をおさめた服部金太郎は27歳で銀座に店舗を構え、その7年後に銀座4丁目交差点に時計塔(初代)を設けました。

ここで興味深い偶然があります。 初代は「小林伝次郎」、浮塚出身の二代目は「小林伝治郎」。
たまたま弟子入りしてきた二代目は、同じ「こばやしでんじろう」漢字が一字異なるだけだったんです。家督を継いで「小林伝次郎」となりますが、晩年になって伝治郎と書かれた記録もあるようです。浮塚の実家への想いを大切にされていたのかもしれません。

明治29(1896)年、小林伝次郎は67歳でアメリカへ渡り、海外時計会社との代理店契約を結びます。
一方、服部金太郎も明治32(1899)年にアメリカを訪れますが、その目的は最新の機械設備の導入でした。
同じ時計業界に身を置きながらも、小林家は海外の優れた時計を扱う道へ、服部時計店は自ら製造する道へと進みます。
岡本氏の講演からは、二人がそれぞれ異なる形で時代の変化に向き合っていたことが伝わってきました。

「八官町の大時計」は関東大震災で焼失しました。
しかし小林家の歩みはそこで終わりません。震災後の銀座復興にも深く関わり、街づくりを支える役割を担います。
時計商として時代を読み、必要に応じて事業の形を変えていく。そうした柔軟な発想は、二代目小林伝次郎から受け継がれたものだったのかもしれません。

岡本氏の講演からは、二代目小林伝次郎が常に「次の時代をどう生きるか」を考えていた人物であったように感じられました。


「八官町の大時計」があった交差点、写真は昼間さんより

現在の銀座に、「八官町の大時計」は残っていません。それでも、銀座4丁目交差点の時計塔から銀座八丁目まで歩いてみると、その距離はわずか15分ほどでした。
小林時計店の時計塔そのものは失われていますが、近くのDKビルで小林伝次郎の名前を冠したプレートを見つけました。資料の中の人物だった小林伝次郎が、ふと現在の銀座とつながったように感じられた瞬間でした。

時計商として時代を切り開き、震災後は街づくりにも関わった小林家。岡本氏の講演をきっかけに歩いた雨の銀座でしたが、150年前の人々が見た風景に思いを重ねる有意義な時間となりました。


八潮市立資料館 視聴覚講座室にて開催

小林伝次郎と銀座の歴史について、講座や報告の内容はとても豊富です。
今回の記事では、私自身が特に印象に残った内容を紹介させていただきました。
さらに関心を持たれた方は、八潮の地名から学ぶ会が作成したリーフレットも手に取ってみてはいかがでしょうか。
「時計商・小林伝次郎と銀座」
 ※「八潮市協働のまちづくり推進事業助成金」を受けて制作
八潮市立資料館、菓子道楽 杵屋、よし寿司などにて配布
【主催・問い合わせ】八潮の地名から学ぶ会
TEL:090-4389-4895、FAX:048-998-4451
E-mail:gake840@yahoo.co.jp

 

 

2026/7/2(木)
八潮市オンライン『やしおん』イベントレポートとして公開されています
サポーターWEBライター  yuko.N