『掛川古城』(華厳院)から西へ5分ほど
『竹の丸』
天正18年(1590)秀吉によって掛川城主に任命された山内一豊は、掛川城に郭(くるわ)を付け加え、城を拡張しました。この時に竹の丸も造成されたと考えられます。
竹の丸は、天守閣や本丸など城の中心部に通じる道筋にあたり、防衛上重要な場所であったことから、家老など重臣の屋敷地に割り当てられていました。
江戸時代より葛布問屋「松屋」を営んでいた松本家が本宅として建築した建物と庭園が残され、カフェ(掛川グランドホテル)もあります。
注:葛布(かっぷ:葛の繊維織物)
『大日本報徳社』 正門
『大日本報徳社大講堂』 明治36年築
二宮尊徳の『報徳』を現代につなげ、
道徳と経済を調和した世界を目指す全国組織の本社です。
報徳の思想を形成する『四つの柱』は、
「至誠」「勤労」「分度」「推譲」という言葉で表されています。
『村民表彰像』
大人になった尊徳が、村を再建する村民に貴重だった鍬を与えた。
『掛川城 二の丸御殿』
右手:勝手台所井門跡(二の丸美術館)
左手:二の丸御殿・黒土塀(黒いわけではなく、目隠しの高い土塁の意)
2023.12.23(土) 浜名湖旅 おしまい