『五泉城(ごせん-じょう)』=甘粕備後守城跡:五泉八幡宮
新潟県五泉市
早出川近くの微高地に築かれ、遺構は残っていない。
上杉景勝のもと、直江兼続と共に活躍した「甘糟景継」の居城しとても知らる。
上杉景勝が会津移封となると、甘粕景継は20000石にて白石城主となり、『五泉城』は、村上勝頼の支配下となりますが、慶安2年(1649年)に五泉城は破却され、本丸跡に、現在の「八幡宮」が建てられました。
「帛(はく)の帯(び)踊り」発祥地
甘粕備後守景継が五泉城主のころ、出陣の際に舞ったと伝わる。
日本石亀
五泉八幡宮御創祀1140年、平成31年に高円宮・出雲大社より
「日本石亀(準絶滅危惧種)8匹」を下賜。
その返礼(献上品)に、五泉八幡風鈴が献上されたとある。
夜に童子が石橋の上で笛を吹く姿が現れるという伝承があるようです。
『村松城』=城跡公園
新潟県五泉市(旧中蒲原郡村松町)
正保元年(1644年)堀直吉は領地替えにより安田城からこの村松に陣屋を移し、上杉氏時代の古館を改修したと云われている。
嘉永3年(1850年)堀直央の時、三万石でありながら城主格となり、村松陣屋から城に大改修される。
慶応4年(1868年)戊辰戦争では、新政府軍との戦いで城主自ら城と城下町に火を放って落ち、廃城。
公園造成時の模擬石垣と東屋
蒲原鉄道 モハ11 (1999廃線)
信越本線の加茂駅(新潟県加茂市)と磐越西線の五泉駅(新潟県五泉市)を結ぶ、全長21.9km。
「村松藩 紋入り手洗鉢」
寛永寺に寄進した手洗鉢で、平成11年に寛永寺から寄贈移設された。
2019.7.27(土) ←中田製作所