「歴史」を教える場合、大まかな流れだけでよいと思う。(妄想や作り話、過大表現を含む)具体的で過度な表現は、恨みを植え付け国同士の争いにつながる。そのような教育を受けた国の国民は、嘘をつき、真実はあえて封印し、汚い言葉で罵りながら相手を攻撃するようになる。国同士の中が悪くなるように全力を尽くすようになる。相手国が消えて無くなればいい、皆死ねばいいと本気で思うようになる。
つまり、歴史の個別の事象を具体的かつ(作り話を含む)過度な表現で教えることによって、自分たちがそのようなことをしなくなるのではなく(いわゆる「歴史に学ぶ」のではなく)、自分たちがその作り話の誇大表現的な内容のことをこれからやろうとする人間になってしまうということだ。
数百年歴史教育を続けても、世界中では争いごとがひどくなる一方である。歴史教育はマイナスにはなるがプラスにならないことは、現実を見渡すと一目瞭然であろう。重要なことは、1番は政治のしくみを世界規模で変えることだが(政治判断で全てが決まるから)、2番目は道徳教育だと思う。悪意のある一部のアジア諸国を除き、日本人が世界から好意を持たれ目標にされるようになっているのは、歴史で何かを学んだからではなく、小さいころから「他人を大切にする」、「協力しあう」、「迷惑をかけない」、「きまりをまもる」などといった道徳を教え込むから、そういう日本人になっているのである。小学校でも徹底的に指導し続けるから、むしろそうならないほうがおかしい。都心の繁華街を歩いていると、おかしな若者がたくさんいる。小学校での(学校生活全体を通しての)道徳教育は昔も今も徹底しているので、おそらく中学や高校での道徳的な指導がおろそかになってきているのだと思う。6年生の頃は立派でも、中、高と徐々に教え込んだ道徳心が薄れていき、悪くなっていっていると想像される。実際、中学の教員から中学校での様子を聞くと、あまりにも生活指導がいい加減(アバウト)で乱暴(口調や雰囲気が大人っぽい?)で、驚かされる。
話がそれたが、世界各国は歴史教育を大まかなことだけを教える程度にし、義務教育の9年間(国によって多少年数は異なる)の道徳教育を充実させることが、悪意や恨み、妄想や嘘にまみれた攻撃的で危険な人間を無くし、国を穏やかで幸せな国にし(きまりを守りながら思いやりを大切にする国にし)、ひいては世界を平和にすることにつながるだろう。
歴史教育は、悪意に満ちた攻撃的な人間を作り、自国のみの利益を獲得していくために外交的に悪用されるだけのものである(大学受験での記憶力の判定にも利用されているが)。
テレビで、「歴史を学ぶことが大切」とか「過去を忘れずにつないでいくことが大切」などと受け売りの決まり文句をいって、中国の若者を日本のある場所につれていき、「ここで中国の人(その若者のひいひいおじいさん)が殺された」などと説明するツアーのようなものを放送していた。若者は「何も知らなかった」と泣いていた。彼が学んだことは何だったのだろうか。彼の心に新たに植え付けられたものは何だったのだろうか。
アメリカと異なり、日本の学校では過去のアメリカにおける黒人差別について教えないため、マスコミからそのような過去の情報を得ていない日本人が、黒人を差別することはない。アメリカにおける過去の黒人差別について学ばなかった日本人は黒人を差別しない(差別しようがない)。反対に過去の黒人差別について学校で学んでいるアメリカ人の一定数は黒人に対する「差別意識」を心の奥底で持つようになる。あとはそれを行動に移すかどうか、とっさの状況下でそれが出るかどうかは人によるだろう。
過去の事実を教えた後、「だから絶対にやってはいけない」、「繰り返してはいけない」ということが、いかに無駄なことかは、その後どうなっているかを見るとわかるだろう。人間の感情、脳のしくみというのは、そのようにできているのである。