看取りの時、三姉妹は… | りぼんの日記

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ある日夫が突然失踪。その原因は脳腫瘍(悪性リンパ腫)でした。わずか2ヶ月の闘病生活を経て2022年9月10日53歳でこの世を去りました。夫の闘病の記録と残された私と3人の娘の今を綴っていきます。

夫の看取りの時

うちの三姉妹は夫の最期に立ち会えなかった。

看取ったのは私と義母と義姉の3人だけ。



私は亡くなる前日の夕方から夫に付き添っていた

深夜に呼吸状態がいよいよ悪くなり

午前3時頃、看護師さんから

「ご家族を呼んだ方がいい」と言われ

義姉に連絡を入れた。



三女はコロナの自宅療養期間中だった為

病院に入れなかった。



今長女を呼んだら

このままだときっと帰りが遅くなってしまう

そうなると三女が家に1人になってしまう

でも最期に会わせてやりたい…

どうすればいいのか…



瞬時に思考を巡らせて

申し訳ないが長女は三女と一緒にいてもらう

という決断をした。



次女はどうしても外せない試合があり

県外の試合会場へ行く為

亡くなる前日に夜行バスで出発し

朝5時くらいに到着する予定だった。

義母たちに連絡を入れたときは

バスの中だった為

どうにもならなかった。



夫が早朝に息を引き取った為

長女には7時を過ぎてから

連絡を入れた。

「三女にどうやって伝えようか?」と

話しをしたら

「私から話すよ」と言ってくれた為

お願いする事にした。




次女は

ホテルで少し休んでから

試合会場に行くと聞いていた。



試合前に動揺させるのは可哀想だが

後で「実は…」と知らされるのも

嫌なのではないか…


でも試合前に伝えて動揺して

試合の結果に左右するのは避けたい…


散々迷った挙句

長女に連絡した後、次女にも連絡した。




子どもたちを

夫の死に目に会わせてやれなかった…

看取りをさせてやれなかった…


夫が亡くなったあと

私はその事がしばらく引っかかっていた。


私は家族みんなで看取りたかったし

当然のことだと思っていたし

子どもたちもそのつもりでいたと思う。

だから、子どもたちに申し訳ないと思っていた。



夫が亡くなってしばらく経ったある日

次女と話していた時

次女が「パパは子どもたちに自分の死に目を

見せたくなかったんじゃないかな。

じゃなかったらあんなタイミングで

逝かないと思う。」と言った。



私はその言葉を聞いてハッとした。


ほんとだ!

タイミングが合い過ぎている!


そうか!

だから子どもたちは看取りが出来なかったのか…


と納得した。



そして不思議なことに

夫の生前、子どもたちがそれぞれに

父と接点を持っていた事が分かり

夫が自分の意志でそうしたんだと確信した。