富山県富山市呉羽町姫本1813
延喜式神明帳に記載された歴史ある神社です。
由緒には、越中に姉倉比賣という美しい女神様がいて、故あって故郷の船倉山から今の呉羽町へ移ってこられました。
その地で人々と力を合わせて開拓を進め、娘たちには機織りを教え、村人たちには仕事に精を出すように励まされたといわれ、誰もがお慕いするようになったと言い伝えられています。
御祭神
姉倉比売神
地域一帯の賊を征伐して、船倉山に居を構えて統治し、地元民に農耕、養蚕、機織などを広めた女神です。
船倉山から呉羽町へ移った経緯
越中の太古の伝承を記録した「肯搆泉達録」(1815年完成)
姉倉姫神話「船倉神と能登神、闘争の事」より
姉倉比売神は伊須流伎比古神(伊須流岐比古神社の祭神)と夫婦でした。
しかし、伊須流伎比古神は能登比咩神(能登比咩神社の祭神)と契りを交わしてしまい、怒った姉倉比売神は能登比咩神に石を投げ攻撃し、高志国(北陸)は大乱となりました。
高御産巣日神の命を受け、出雲の大己貴命が高志国に赴き乱を鎮圧します。
姉倉比売神は混乱を引き起こした罰として、故郷の船倉山の領地を没収され、呉羽小竹に流されます。そこで土地の女性たちに機織を教えるように命じられたといいます。
また、伊須流伎比古神と能登比咩神も処罰されたといわれます。
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