北陸の神社 仏閣 観光地紹介

北陸の神社 仏閣 観光地紹介

石川県小松市の住人です。歴史が好きで神社仏閣巡りをしています。「古代史」に興味のある方情報交換しませんか?
北陸を中心に神社、仏閣、観光地などおすすめのスポットをご案内していきますのでよろしくお願いします。

 

那谷寺 

 石川県小松市那谷町ユ122

 

四万六千日(しまんろくせんにち)

 毎年8月の第1土曜日に行われる観世音菩薩の特別な縁日(功徳日)のことです。この日に参拝すると4万6,000日分(約126年分)お参りしたのと同じご利益(功徳)が得られるとされています。

 今年は、8月1日の土曜日です。当日は、金堂華王殿2階の秘仏特別御開帳が行われ、普段、僧侶以外は入れない「開山堂」「持仏堂」「位牌堂」で、御本尊を支える諸菩薩と高僧を見ることできます。

 

金剛華王殿

 

 

 

 縁起物「魔除けの竹」

 竹は「真っすぐ伸びる」ということから「成長・出世・開運」の意味を持ち、

 また、寿命も長く丈夫で繁殖しやすいことから「長寿・健康・繁栄」の縁起物とされます。

 

御朱印

 

 

白山信仰 神仏習合の寺 那谷寺

 現在、全国に白山信仰の神社が2000社以上あるといわれていますが、那谷寺は、全国でも珍しくお寺の形のまま現在まで残りました。

 境内には「白山宮」が祀られ、かつての「神仏習合」の面影と形を色濃く残します。

 

白山宮

 

 明治時代の「神仏分離令」で、主な「比叡山延暦寺」の末寺として一大拠点であった白山信仰のお寺は、神社となることを選択しました。

●白山寺⇒白山比咩神社(加賀) 

●平泉寺⇒平泉寺白山神社(越前) 

●長滝寺⇒長瀧白山神社(美濃)

 

 その中で、那谷寺は「神仏分離令」が出された後も「廃仏毀釈」による廃寺を免れ、白山信仰の寺として現在まで存続しています。

 

 

 

 

那谷寺 名称の由来

 当時は「岩屋寺」と呼ばれていましたが、986年に花山法皇が訪れ「私が求めている観音霊場三十三ヵ所はすべてこの山にある」と言い、第一番である「那智山」と、三十三番の「谷汲山」から一字ずつ取り、「那谷寺」と改名したと伝えられています。

 

★見どころ★

本殿

「胎内くぐり」の聖地といわれ、岩窟内をまわり、本尊の十一面観音菩薩を参拝することで、 新たに生まれ変わり罪が浄められるといわれます。

 

 

 

奇岩遊仙境

 那谷寺を象徴する国指定名勝の絶景スポットです。

 太古の海底火山噴火の跡が、長い年月の風雨や波に削られ現在の岩肌になったとされ、この洞窟の様子は、観音菩薩が降り立つ伝説の霊地「補陀落山(ふだらくさん) ※インド南端」を彷彿とさせるといわれました。

 

 松尾芭蕉がこの奇景に深く感銘を受け、「石山の 石より白し 秋の風」の名句を詠んだ地としても有名です。

 

 

 

 

 

三重塔

 徳川家綱の生誕祝に前田利常が建立したものと伝えられています。大日如来を安置しています。

 

三尊石

 岩面が3つに分かれた姿が「阿弥陀三尊」に似ていることから、この名がつきました。

 

 

 

 

白山信仰の主導権争い

 古代の加賀地方には有力な豪族「道氏」と「江沼氏」が争っていました。「日本書紀」には、570年 「道氏」が高句麗の使者が漂着した際に、自分が天皇であると偽り宝物を奪ったとあり、それを「江沼氏」が天皇に上奏したと書かれています。

 

 歴史学者の藤間生大氏らが提唱した説で、「道氏と江沼氏の不仲(対立)の主因は、白山信仰の利権や主導権を巡るものだった」という考察がなされています。

 

 奈良時代から平安時代にかけて「白山比咩神社(白山寺)」を古代豪族「道氏」が、「那谷寺(岩屋寺)」を「江沼氏」が後ろ盾となり、両氏が、加賀国における白山信仰の主導権争いをしていた可能性はあるのかもしれません。

 

 

 

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