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酒井将吾オフィシャルブログ〜教育者の卵の大学生活〜

ブログ始めました。

関西出身の東京の某大学生で塾講をしています。


こんなところでそんなことを、とか、
そんなふうにあんなことを、とか、

鬱屈した日常を、少しだけ斜に視ることで、風を吹かせられたら…

と思います。

少し肌寒くなって来た秋が迫る今宵。

先日まで、介護体験ということで老人ホームにお世話になっておりました。





えつ?何故、老人ホームにって?





私と同様、教師を目指す方にとって有意義なものとなり、これからの人生にとって貴重な体験となる為に介護等体験特例法に基づき必修化となっているからです。






感想を言わして頂けるのであれば。

一言で表していいのであれば。

倫理的に許される言葉を並べていいのであれば。





























悲惨でしたね。


























親戚、知り合いに老人ホームをご利用されている方には大変申し訳ありませんが、体験前、第3者としてのイメージと職員として体験後のイメージとは全く違いました。

この介護等体験。5日間という実習期間が設けられていました。老人ホームといっても種類は区々。








半日、ご利用するデイサービス。

初期の認知症段階の方が、ご利用される長期サービス。

自ら一人では生きていけない程の重度の認知症を患った方が、ご利用させる生涯サービス。









施設館内は3階構成。

1階はデイサービス。2階は長期サービス。3階は生涯サービス。

僕は2階、3階に働かせてもらいました。













1日目、2日目。

2階で食事の配膳、食器洗い、ご利用の方とのコミュニケーション。

認知度が初期状態ということもあり、一緒にお話をされたり、僕がするべきお仕事のお手伝いをしてくれたり、とても元気な方々でした。







楽しい日々はこの時まで。








3日目から最終日までは重度の認知症の方が、いらしゃる3階でお仕事をさせて頂きました。

何と言いましょうか。








常に泣き叫ぶ方。

じっとしていられず館内は徘徊される方。

いくら投げかけても応対をしてくれない方。

手や口で食事をとられる方。

僕の名札を引っ張っり寄せ手が出る方。












老人ホームなどに初めて行った僕には「悲惨」という言葉しか浮かばなかったです。

生命には「死」に向かゆくものという言葉がありますが、自分が老いゆく姿をまざまざと見せ付けられたように感じました。

唐突な話では、ありますが僕の祖父は2年前にこの世を去りました。

亡くなるまでの2年間は脳死と診断され、植物状態でした。

元気な頃は、常に阪神戦を見てはたばこを吸いながら、うどんを食べて、ずっと相手チームの悪口を言っていた時が懐かしく思える程、いくらお見舞いに言っても「あなたは誰ですか?」と初めて言われた時ほどの衝撃はありません。

天井の1点をただ見つめ、いくら「おじいちゃん来たで!」と話しかけても何も答えてくれない祖父の姿に隣で母親が泣き崩れていました。

「死」は平等に誰にでも訪れると言いますが、何故、俺のじいちゃんが......と神に苛立ちさえ感じました。








さてさて話を戻し、

昔、俳優の武田鉄矢さんのラジオ番組「武田鉄矢、今朝の3枚おろし」でこんなことを仰っていました。










「老人が、福祉施設や病院で職員がどれだけ注意しても徘徊し続けるのは若き日の自分が歩んできた世界の中を歩いている。現実は、確かに毎日同じ廊下を歩いているが、認知症の方が見ているのは自分が歩んできた栄光の風景である。」
















教の学校教育の現場では、いじめや不登校、様々なな生活課題を抱いた子どもたちに、教師一人一人の人間形成や能力向上が求められています。

子どもが自ら課題を見つけ、学び、考え、問題を回けるしていく「生きる力」の必要性も提起されています。

今の僕が、そういった問題に応対できる力量があるかは分かりません。

しかし、これだけは言えると思います。

勉強は、大事です。

それが英語や数学限らず生きていく上で、重要なことはいくらでもあります。











「明日、死ぬと思い生き、永遠に生きると思い学ぶべきである。」 マハトマ・ガンディー