「どう勉強していいか分からない。」
こんな質問を、大阪の某予備校を始め教育者の立場に立ってから、よく生徒に投げかけられます。
もちろん、塾や予備校では、あらゆる形で、そのと問いのアドバイスを得られる場所です。
非常に頻繁に、その手の質問をしてくる生徒を、よく相手にします。
質問内容がある意味、方法論に位置付けられている。
どういういうにすれば上手くいくんだ。
大きな歩むべき道、方向性を聞きたがる質問。
ちなみに僕自身は、この手の質問をしたことも、しようと思ったこともありませんでした。
別に頭はよくなかったです。
ただ、こう思っていました。別の言い方をすればその問題は
全員抱えてもっている問題
だと思います。
一人として迷いなく歩いている者は、なかなかいないものです。
そこの部分で、ずっともたついている人は歩いていない、距離を稼げていない人。
真っすぐ歩いて自分の歩みが、ある程度、継続される人は、その方向で勉強してきた自分に背中を押され、今度は、「もぅ俺は、これでやるしかない。これが俺のやり方なんだからこれで行くぞ!」とずっと歩んでいきます。
でも、その歩みというものが原点から、あまり歩めていない人は、いくらでも後戻りできます。
「このやり方でもいいかも。」
「この問題集もいいぞ。」
「待てよ。俺、過去問どれくらいのペースでやってたっけ!?」
分からなくなってきます。
変なアドバイスですけど。
勉強すれためのコツは
勉強することしかありません。
自転車をこぐのを例えて、よく授業中に、こんなお話をします。
自転車をこいでる時に、いい調子で進むと止めたくないことってありません!?
信号とか、めっちゃ狭い道でなど、あらゆる人が電信柱で突っ立てたり奇跡のタイムラグで、ばったりすれ違ったり自転車で快調に進んでいた、そのスピードで潜り抜けられない瞬間、已むからずブレーキをかけ減速し、またゼロリセットし、またペダルに足を踏むスピードを加速させる。
勉強はこれに似ています。
休憩したり止めたり逃げたりするから、しんどなります。
ずーっと走っている自転車って軽くペダルを添えるだけで同じトップスピードに走っていけます。
勉強は、この感覚に非常に類似してます。
ずっと、やり続けている人間はどこかでノッテくるというか楽しくなってきます。
ちなみに僕が受験生だった頃は廊下とか階段を走ってました。
廊下と階段を走るのは奇異に思うかもしれませんけど一秒でも早く机に座りたかったからです。
それくらいになってくると勉強から逃げる時間が無くなってきます。
ものすごく中途半端な電車を待っている時間は英単語帳や化学反応式を眺めたりしていました。
それだけやってくると
「これだけやって俺が落ちる訳ないだろう。」
という思い込みみたいな自信が沸々と煮えてきます。
そうそう。そういえば俳優の福山雅治さんが演じる「ガリレオ」という天才物理学者、湯川学が、このようなことを言っていました。
数学とは山登りに似ている。
頂上(解答)に至りつくまでの最もシンプルで合理的なルートで解いていく。
かっこいいーーーーーー!!!!!!笑