こんにちは、きょうかです
娘は中学3年から摂食障害になり
次第に鬱状態となりました。
その後20歳を過ぎてから
ようやく発達障害であることがわかり
鬱ではなく双極性障害 II型であるとの
診断を受けました。
現在は通院をしながら自宅療養中です。
つづき
時間は夜の9時を過ぎていて
夫は単身赴任で家にいませんでした。
突然外に飛び出した娘を探しに
夫に電話で事情を話しながら
家の周りを探しましたが、どこにもいません。
もし万が一のことがあったら…
と、人生で感じたことのない不安を感じ
怖くてたまりませんでした。
家に戻り、下の娘を車に乗せて
探し回っていると、携帯が鳴りました。
娘が来ているとの総合病院からの連絡。
急いで病院に向かいました。
よかった!
生きていた!
膝が震え、涙が止まらなかったことを
今でもはっきり覚えています。
病院に着いて
書類を書いて
聞き取りのようなものが終わっても
娘には会えず
ようやく会えた時は
朝の4時を過ぎていました。
私の虐待を疑われていたために
なかなか合わせてもらえなかったのだと
あとで娘から聞きました
突然の出来事でしたが、
このことがあったおかげで
病院から紹介状をもらい、
治療につながることができました。
病院にかかるようになってからも
娘はなかなか食事を摂れるようには
ならず、体重も増えるどころか減る状況。
(あとになって娘から聞いたことですが)
受診時は必ず体重測定があるのですが、
体重計のメモリを増やすために
ポケットにお習字の「文鎮」を
入れていったこともあったそうです
それほど体重を増やせと言われるのがイヤ!
絶対に増やしたくない!
と強く思っていたのだと思います。
だんだん学校に行けない日も多くなり
家ではほとんど横になって過ごしていました。
一日中何もしていないのに,
なぜそんなに疲れるのだろう?
と、私は不思議に思っていたのですが…
主治医の先生に
『身体は何もしていないけれど、頭の中はいつもいつもずっと食べ物のことを考えているから、すごく疲れるんですよ』
そう教えていただきました。
当時の私はそういうことも
まったくわかっていなかったので
この言葉は私にはとても衝撃でした。
『摂食障害』と向き合う日々の始まりは、
この病気のこと、娘のこと、私自身のことを理解することの始まりでした。
この病気は、理屈通りにはいかない。
人それぞれではあると思うけれど
病気を『治す』ことにこだわらず
病気を『持ったまま』生活できる
ことを目指していくことをススメたいです。
その方が少しでも,本人も周りも
気持ちがラクな気がします
つづく