看護師さんが何度も来てくれた。

お父さんは少し落ち着いてる

とはいえ酸素は低い


うっかりうたた寝しそうになる

甘いものをこっそり口に入れる

窓際に寄りかかる。

夫にラインする

お母さんにラインする


あまりにも落ち着いているから少し簡易ベットを広げて横になる。

お父さん、

ここにいるよ

心のなかで話す


ふっと目を開くと看護師さんが

電気を消してくれていた


「このほうがいいでしょ」といってくださり

甘えて少しだけ横になり明日に備える。

お父さんもまだ安定してる。


病室は静かで

でも看護師さんがわりとこまめにきてくれて、

それだけが救い。

お父さんもそうだったかな?一人が苦手な人だから。


外が明るくなるまで私はなにもせず、

その空間にいるだけ。


朝看護師さんが私をちょいちょいと扉の方に呼んだ。


「ちょっと血糖値が下がってる。わたしからナースセンターに話すから、ご家族、早く来ても良いよ」


それって。どういうこと。

すぐに家族に連絡をした。

静かな病室で、お父さんとの時間を過ごす。


普段なら話せていたのに、苦しくて話せないんだよね。

もっと前から泊まることできたら、たくさん話聞けたのに。


お父さんはひろし、私はまる子のような

そんな2人。

反抗期もあって、意地悪なことしたこともあったけど、いつも味方だったし、怒るとこは怒るし

おちゃらけるとこはおちゃらける。


静かな機会の音だけの病室。

お父さんに、私の寿命5年あげるよ、って、

近所のお稲荷さんにもお願いしたのに。


何もできなかった。

ただいるだけしかできなくて。

呼吸は少しおちついたのか、

酸素は低いけど

寝たのかも?とおもった。


お父さんは顔にタオルをかけて

何を考えているかな。


こんな恐ろしい病気になって

こんなに肺炎が恐ろしいものとおもわなくって、

ちょっと入院して、退院できるとおもってたのに。

なんで?なんで?

いろんな人の間質性肺炎の方のブログをみてたから、

モルヒネつかっても、元気になってるひともいたし

お願い、お願い



そういえばお父さん

ちゃんと病院いけばよかった…

ごめんなとか、

言ってて

ほんとだよー!退院したら、ちゃんと言うこと聞いてよねー!なんて、まだ軽口を叩くこともできてた

それは何週間前?


こんなことになるの?

コロナ肺炎になんてならないでほしかった。

大体免疫抑制剤使ってるお父さんが、

濃厚接触の人と同じひとまとめの部屋にいるの、

おかしくないか?

とはいえ、もうしかたない。


お父さん、お父さん

神田明神のお守りもあるし

大丈夫だよ


心のなかでたくさん話しかけた。


まだ22時くらいで、こんなに静かな病室で、

お父さんたったひとりで

辛かっただろうに。


こんなに長い夜

お父さんたったひとりで

さみしかったね。

ごめんね。

かわってあげたい。

そう思った。今もそう思うよ。

夢だったらいいのに。

自分が、病気になったらよかったのに。



夜、なかなか酸素が安定せず、苦しそうなお父さんの横であしをさすっていた。

その時はまだ話せて

「テレビみたらいいじゃん」

といわれたけど、

「今日面白いのやっていないよ〜」

と話した。


途中苦しそうで、

ハイフロー、もう少し上げれるかきいてみる?ときくと、うんうんと、頷いた。


看護師さんに伝えて先生に聞いてもらう。

みるとまだ80にみえたから、90まではいけるかな?と思ったけど、

答えはこれ以上は無理です、とのこと。

そのかわり、点滴を少し早めましょう

と。

あのときはしっかりしようとしつつ、

何も頭に入っていなかったけれど

あれはモルヒネのことだったのだろう。


必ず看護師2名でおこなわれる。


延命はどうするか、

風邪だと思って入院になって

肺炎だと分かってそんな事言われたお父さん。

延命はいい、やらないやらない、

なんていってたけれど、

私は、本当にそうだったの?

現実的に感じていない時

現実的に、感じた今

ききたかった。

きけなかったけれど。


その時唯一、苦しくないように

なんかモルヒネとかは使ってくれるんでしょ?と、

苦笑いして聞いていたのが一ヶ月半くらい前。


苦しくないようにしてあげたいよ。