お母さんとお兄ちゃんが病院に戻って来るまで

お父さんの手を握った。

自然と言葉がでてくる


お父さんの子に生まれて良かったよ

お父さんの家族で良かったよ

幸せだったよ

ホントに楽しい家族だったよね

お父さんが作ってくれたんだよ

すごいよね

お父さんは最高のお父さんだよ


泣きながらわんわん泣きながら。

背中を夫が泣きながらさすってくれてる。


なんども消えてしまいそうな

命を前にたくさん伝えないと

ありがとうって、伝えないと

大好きだよって、伝えないと。


思い出すと涙腺が。

帰りの電車で、またまた、涙が。


でも、とにかくその時はひたすら

たくさん伝えた。

お父さん、伝わっていたかな?


肺がとまり、また、お父さん!お父さん!

て、

叫ぶようによんでしまう。

はっ!と目を開けるお父さん。


「お兄ちゃんからいわれたの、もう頑張りすぎてるお父さんに、頑張れって言っちゃだめだって。

でも、いまお母さんもお兄ちゃんもむかってるから、

ごめんね、だけどもう少し頑張って!」


最後のお願いをしてしまった。

夫は自分の病院が終わったらくるからって、

一度部屋をでて、

お父さんと私

2人だけの空間だった。


たくさんたくさん

思いを

一方的に

はっした。


ごめんね、うるさくしちゃって。

なんども頑張らせて

ごめんね。

モルヒネって苦しいのは本当になくなるのかな?

あのモニターの下の線が何回もゼロになるのは、何でだったのかな?

お父さん、私たちのこえ、とどいていたのかな?

年末に初めて知った

間質性肺炎の急性増悪

こんなにも怖い病とは知らなかった。

今も闘ってる人もいる。

お父さんが退院したら、かっこいい酸素ボンベのガラガラ買おうねって言っていたの。

この前、仕事帰り、酸素ボンベをひいてた女性が立ち止まりゆっくり呼吸を整えていて

何気なく横を人混みの流れに乗って通り過ぎた。

ふと、やっぱり、

戻りたくなった。

あのへんベンチなかったかな?

でもこんなふうに声かけられるの

迷惑かな?くるしくないかな?

たった数分だったけど同じ場所へもどった。

もういなかった。

少し探した。でも見つからなかった。


おせっかいだったかも。

なんだか父と重ねていた気がする。

お父さん、春だよ。

桜さいてるよ。

お花見いきたかったね。


しばらく家族とお父さんでたくさんお話をした。

一度だけチャラ男先生が病室に顔を出した。

今は安定してますね、とかなんとか言って

でていった。


いつもより看護師さんがあんまり来ないような気がしていた。


叔母さんが、お母さんに

「姉ちゃん、今お兄さん安定してるから、今日泊まるなら一度寝に帰ったら?少しでも体休めたほうがいいよ」と、

私は夫と病室にいるし、

お母さんに倒れられたらお父さん心配しちゃうし。

ということで一度、お兄ちゃんと、お母さんで家に帰り、叔母もまた来るからねと、お父さんの足をさすって帰っていった。


静かになった病室に、お父さん、私、夫。


夫も「看護師さんとかあんまりこなくない?」と、心配していた。

たしかに。


すると、その後何度か肺の動きが止まってしまうことがふえた。


肺なのか、モニターの上の線は動いてて

下がゼロになって意識がなくて

え?なに?!と

泣きながらお父さん!お父さん!と、体を擦った。


はっ!と目を覚ますお父さん。

ごめんね、こんなにがんばらせてしまって。


その後2回くらいそんな事があり、

声を上げて泣きながらお父さん!と叫んだ。

その度お父さんは、頑張って

はっとして目を見開いた。


夫は涙もろく

さすがに涙が止まらなくて、2人でわんわん泣いた。


きっと、お父さん、それをみて、

「おいおい、泣きたいのはこっちだよ笑」

なんて、おもってたかな。


看護師さんがやっと来て血圧を測ったら、うえが、

68とか。

ご家族早めに呼んでくださいとのことで、

急いでまたお兄さんお母さん!

お父さんのところにきて!って、

呼び戻した。