お父さんが亡くなって浴衣を買いに行き

看護師さんたちに綺麗にしてもらったお父さん。

髪もふさふさに。

お風呂大好きだったのにお風呂も入れず

ジャンプーもしたかったと思う。

綺麗にしてもらって、より穏やかな可愛いお父さん。

「寝てるみたいだね」

「おきるんじゃない?」

泣き笑いして話していたら

病院から今後自宅へ行くか葬儀場へいくか

決めてくださいとのこと。

うちはまさか亡くなるなんて思ってなかったし

思いたくなかったから、何の準備もしていなかった。


自宅は全く片付いていなくてお迎えできる状況ではない時に、

お兄ちゃんが

「親父からメモみてって、ラインがあったんだ」

とその時初めて聞いた。


え?!なに?!

ドキドキした。

お父さんの携帯の中のメモ。


1つ目は

まずは、自分は葬儀場で、すぐ火葬してほしい

葬儀はしなくていい。あと、お世話になった会社にお菓子を持っていってほしい、いいやつね。

よろしく、ピースの絵文字


って、軽いなぁ〜

と泣き笑いした。

お父さん、親戚みーんなお父さん大好きだったから、葬儀しないわけにはいかないよ。

きっとお金もかかるからって、心配でそう残したんだろうね。あとから聞くとお父さん側の親戚にも葬儀はしないで直接火葬してほしいって言っていたみたい。

最期まで家族のことを想って。



あともう一つのメモ。

かしこまった

皆様、お世話になりました。の一言。


本当は、続き書こうとしたのかな。

1月下旬コロナにかかってしまったときの日付。

すごく怖くてこんなふうに残すことも

辛かったとおもう。

治るかもしれないのに

どこかで不安があったんだね。


なんともいえない悲しい気持ちに包まれた。

そして泣いてばかりのワタシに代わり

お兄ちゃんが家の近くの葬儀場へ連絡してくれた。


亡くなってすぐお家のほうが嬉しいかもしれないけど

病院に、

「みなさんどうしていますか?」ときくと、

葬儀場の一覧を渡してくれて

迎えに来てもらうことが多いことも初めて知った。


お父さんのお布団に寝させてあげたかったけど

その後の移動や早く行き先を決めないといけないことを考えてお家の近くの葬儀場へお兄ちゃんが来てもらえるよう手配してくれた。


それまでお父さんの個室で家族水入らず。

もう苦しまなくていいんだね、

でも、さみしいね、かなしいね。


初めて間質性肺炎の急性増悪

皮膚筋炎と、たくさん調べて

お父さん頑張ったね。

腕が真っ青なほど、点滴して。

絶対治そうね、治らなくても

リハビリしてよくなろうね、

って、心も疲れながら

闘ってくれました。


今も闘ってるみなさん、どうか

すこしでもよくなりますように、

皆さんの日記で励まされたこと

お父さんに

「退院して旅行にいけてるひともいるよ!」なんて言ったりして。

励まされたことも、感謝です。


しばらく霊安室ではなく、お父さんの病室で

たくさん話した。

大切な絶対に忘れられない

綺麗な日差しのはいる、時間だった。

14時20分

お父さんが亡くなった。


個室だったから、少しお別れの時間が取れた。

よく頑張ったね

もう苦しくないからね


そうはいってもさみしくて悲しくて


でも眠るようにすぅーっと。

最期を迎えた。

みんながいる、家族団欒の中みたいな。


お父さんの顔はとても穏やかな

お昼寝してるようなお顔だった。


お母さんとお兄ちゃんと

かわいいね、おとうさん。て、

泣きながらみんなで話した。


この家族で本当に幸せだった。

お父さん大好きだよ。

みんなに愛されていたお父さん。

自慢のお父さん。

こんな結果になって、

可哀想とおもってしまうけど、

もっともっといろんなことしたかったと思うけど。

私も悔しいけど。


ありったけのありがとうと

大好きを伝えることしかできなかった。


怖かったね、一人で。

入院ながいし、先は分からないまま

闘ってるの、不安だったね。

みてるよ、みんな知ってるよ

頑張ったもんね。

さみしくてたまらないけど、

お父さんのほうが辛いから

わかってるから。


大好きだよ

たくさんの愛情ありがとうと

幸せに育ててくれてありがとうと

これからお母さん守っていくよ

と、

たくさん反抗期でいい娘じゃなかったこと、

当たり前に会えるとおもっていたから、

カラオケ行きたいっていわれて、

また今度ねっていっちゃったこと、

ごめんね。


当たり前のまたね、は

ないんだよ。

大切に一日一日過ごした

お父さんの入院したときの

時間。

一日一日大切に

過ごした。

これからも、きっと

そうしないといけないんだね。

お母さんとお兄ちゃん、病室について

お母さんがお父さんに、

お母さん来たよ、わかる?というと

頷いた。

お母さん、辛くてモニターばかりみていた。

お母さんお父さんの姿見るの辛かった、って。

その分私が見てるよ。

お父さんね、お母さんのことずっとみてたよ☺

そのあと、少し涙が流れていて。

お父さん泣かないで

こっそりタオルで拭いてあげた。


四人家族、

私の大切な家族

キラキラした日差しに包まれたあの時間はとても穏やかな。

その後も肺が何度か止まってしまう、

お父さん!お父さん!と

私が冷静でいられないから

お母さんはしっかりしないとと思ったみたい。


3人でお父さんの周りに座っていて

あの時さとか、いろいろ話してる時に

お父さんの、心拍の上の線が、下がってきた。

ずっと気にはしていたけど、ドラマのようにゼロになって、ナースコールをならした。

冷静にいれず、お父さん!お父さん!と叫んだ。

看護師さんが3人くらい来たのに状況をみて、

部屋から出ていってしまった。

おそらく先生を呼びに行ったんだと思う。

冷静になれない私は

「なんでお父さんおいていっちゃうの?!

助けて!なんでだれもいなくなるんだよ!!!」

と叫んだの、今でも覚えている。


気がおかしくなりそう

おかしくなっていた。


間もなく先生がきて、

ドラマのようなやりとり。

お父さん闘いがんばったけど、

やっと開放された。



こんな事になるなんて、2ヶ月まえには想像すらしていなくて、途中、鼻酸素になって、回復していたのに。

先生に話しかけられたけど

わんわん泣いて話せなかった。

お父さん、頑張ってたよね。

すごいよ。

年内危ないなんて心は元気なうちに言われて

とっても不安だったと思うけど、

お父さん頑張ってた姿目に焼き付けたよ。

お父さんかっこよかったよ。


たくさんたくさん大好きだよ、

ありがとう、

伝わったかな。


だけど、本当は悔しかった。

助けてあげたかった。