※本作品は実話からヒントを得て創作したフィクションです。登場する人物・団体・企業・名称等はすべて架空であり、実在のものとは関係ありません。
SideA:沖田つぐみ
幹男と結婚し、新居としてこのマンションに決めた理由を友人たちから訊かれるたび、私たちは声を揃えてこう答える。
「窓辺の眺めが好きで…」
すると、誰もが窓の外に目をやり、「なるほどね」とうなずく。
もちろん嘘ではない。けれど、みんなが思っている意味とは少し違う。本当の意味は、ちょっと気恥ずかしくて、幹男にも言ったことがない。
マンションの前は公園で、リビングの大きな窓の外には視界を遮る建物がない。五階の部屋からは、樹木の上に広がる空がよく見える。春先のやわらかな光の中で、公園を囲む若い葉が風に揺れている。
誰が見ても、いい眺めだと思うだろう。でも私が思い出すのは、初めて下見に来た日のことだ。あの日、私たちは、いくつか物件を見て回ってから、この部屋に訪れた。
昼下がりの公園からは子どもたちの声が小さく聞こえていた。窓辺に立った幹男は、私に振り返って微笑むと、晴れ渡った空を見上げて言った。
「ここからの眺めはいいな…」
私は、その言葉を聞きながら、窓の外に広がる空を背にして立つ幹男を見ていた。彼は、まるで未来を見つめているようで、それは、まるで一枚の絵のようにさえ感じられた。
そのとき、私は「この人と一緒に歩いていこう」と思った。
今でも窓辺に目をやると、あの日、ここに住むことを決めたときの気持ちが蘇る。でも、そんなこと、照れくさくて友人たちには言えないし、もちろん、幹男にも言ったことがない。
ただ――
私が幹男と声を揃えて「窓辺の眺めが好きで…」と言い、相手が「なるほどね」と応えるのを聞くたび、幹男は決まって一瞬だけ視線を泳がせる。そのしぐさを、いつも私は見逃していない。
もしかすると、私の言葉に合わせてくれているだけなのかもしれない。幹男の本心は違っているのかも知れない。
けれど、それでもいい。私たちは、今も同じ窓辺に立ち、日々を共に生きているのだから。
SideB:沖田幹男
俺たちが声を揃えて「窓辺の眺めが好きで…」と応えると、誰もが窓の外を見て「なるほどね」と笑う。
もちろん嘘じゃない。でも、本当の意味は少し違う。
あの日、初めて下見に来たときのことだ。窓辺に立ち、外に広がる景色を眺めてから振り返ると、午後の光が床に四角く落ち、その端につぐみが白い壁を背にして立っていた。
その姿を見たとき、俺は思った。
――帰ってくる場所を見つけた。
ここから未来へ踏み出して、うまくいかなかったとしても、何度でも戻ればいい。ここに立っている彼女のもとへ帰って、また一緒にやり直せばいい。そう思えた。
だから、この部屋に決めた。今でもこの窓辺に立つと、あの日の気持ちが蘇る。
でも、そんなキザなこと、恥ずかしくて友人たちには言えないし、つぐみにも言ったことがない。下見に来たあの日も、つぐみには、咄嗟に「ここからの眺めはいいな…」と言ってごまかしてしまった。
ただ――
俺たちの「窓辺の眺めが好きで…」という言葉に友人たちがうなずくと、つぐみは決まって一瞬だけ視線を泳がせる。いつもそのしぐさを見るたび、俺は思う。
もしかすると、俺の言葉に合わせてくれているだけかもしれない。つぐみの本心は違っているのかも知れない。
けれど、それでもいい。今も、窓の外にはあの日と同じ空が広がっているし、窓から部屋に差し込む日差しの中には、あの日と変わらないつぐみが立っている。
*毎週金曜21:00更新
